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手紙屋~僕の就職活動を変えた十通の手紙~/喜多川 泰
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去年の夏、就職活動始める前に読んだものを再読しました。

その時は、人生こんなにうまくいくはずがない。こんなの理想だ。

と思っていたものが、読み直してみると、

すとん。と心に沁みこみました。

私は、今まさに人生を考える時です。

きっともう二度とこんなに真剣に考える時間はないでしょう。

そんな瞬間に読んだ『「手紙屋」』は私にとって、

良き理解者であり、

良き師匠であり、

良き友人となる本でした。

それほど私の今の悩みの先にある光を見せてくれるものでした。

良い本との出会いは、内容はもちろんのこと、出会うタイミングも大切なのだと知りました。

手紙屋からの十通の手紙は、私にとってそのまま十の教えとなりました。

一通目『物々交換』

“欲しいものを手に入れる方法とは物々交換である”

そう、欲しいものを手に入れる方法は何もお金だけではないのです。

私の持っているものの中で、相手が欲しいものを考えると、お金以外にもたくさんのものが浮かぶと思います。

二通目『あなたの称号』

出会った人全てを自分の味方にする方法。それは

“相手にこうなってほしいという『称号』を与えてしまうこと”

人に「優しい人だね」と言われると、言ってくれた人に優しくしたくなる、アレです。

人は育てるのはその人の可能性や魅力を最大限に信頼することから始まるのだと思いました。

私はまだまだ相手の「今」しか見ることができていないなあと反省しました。

三通目『天は自ら助くる者を助く』

人間は弱い生き物であるため、つい楽な方に流されがちです。

しかし、常に目の前のことに一生懸命に取り組む姿勢は、いざピンチの時に頼られる強い自分を育てるのです。

四通目『思いどおりの人生を送る』

人が思いどおりの人生を送ることは決して楽な道のりではありません。

しかし、本書の中で“頭の中に天秤を用意する”という方法が示されています。

そう、思いどおりの人生を送るには、それに見合う分のものを用意すればいいのです。

しかし、その見合う分のものを用意することは難しいです。

意外と人は間違ったものを用意しようとしてしまいます。気を付けなければ。

五通目『ある人の人生』

法人の人生はあまりにも人の人生に似通っています。

そして会社が存続(長生き)するためには

「多くの人から必要とされること」

これに尽きます。

そう会社を見る時も、人を見る時と何ら変わらないのです。

それなのに地位や財産にこだわるなんて、やっぱりおかしいと思います。

自分が何となく感じていた違和感がここで解消されるのを感じました。

六通目『自分に向いていることを探さない』

とはいえ、自分に向いていることなんてわかりゃしません。やってみなければ。

大切なのは人生という大海原に船に乗って漕ぎ出す時、

どの船に乗るのかではなく、その船がどういう目的で航海をしているのかを知るべきです。

七通目『急がば回れ』

何よりも重要なのは“目の前にあるものに全力を注いで生きること”なのです。

大きな壁を超えることにばかり集中し、それ以外を犠牲にすることは、その後の人生の幅を狭めかねないのです。

八通目『あなたの成功は世界を変える』

人は成功を手にするその瞬間までは孤独を感じるものです。

しかし、その成功(自分に課した成功の基準)を達成した時、自分の成功によって救われる人が必ずいるのです。

これをよく考えてみると、私という個人が頑張ったその先にはたくさんの私の応援団がいる、ということのなるのです。私の救いたい人のことを一心不乱に考え続けると、その応援団の声援はきっと聞こえるでしょう。

九通目『自分を磨き、行動する』

今この瞬間に心震える出来事に遭遇し、やる気に満ち溢れていても、時間とは恐ろしいもので我々からこのやる気を削いでいきます。私たちはこの時間に打ち勝つため、「心の掃除を習慣化」しなければなりません。

つまり、たくさんの本を読み、それに対する自分の意見をきちんと記す行為が大切なのです。

今書いているこの書評もその一環にあたるのでしょう。頑張ります。

十通目『人生の始まり』

人生はまだ始まったばかり。それを進めていくのは私自身。

才能は言い訳に過ぎず、成功した人々は情熱で物事を成し遂げたと言っています。

そう、何事も一歩踏み出す勇気から始まるのです。

そして、その勇気を情熱をもって育てることが出来て、初めて成功は見えてくるのでしょう。

『止まっている人は、止まり続けようとする。

動いている人は、動き続けようとする。』

今、『手紙屋』を読み終わって思うのは、全ては自分の心次第だな、と思います。

周囲に流されず、自分で自分の心に向き合うことは困難なことです。でも同時にわくわくもします。

うん。やるぞ。

『戦争と広告』馬場マコト著

広告とは、時代とともに生き、時代と呼吸しながら、時代を並走して生きる強さがある。

戦争という時代を広告人として生きた人々の言葉をひとつひとつ拾い上げていくこと。
それは、広告という本質を考える上でとても純粋なものとなった。

戦争によって現代の広告は開花したといっても過言ではないだろう。
上辺ではなくきちんと「伝える」。
それがカタチとなった。ここで。

私自身、広告というものの「心」はどこにどう届くのか、そして何のためなのか、ということを考えていた。
この本との出逢いはまさに今の私が読むべきものであった。

「◆『戦争と広告』馬場マコト著

一、宣伝人という者は、いつでも宣伝人についてはずぶの素人になろうと一生懸命心がけるべし。ゆめにも、宣伝の玄人などと言われて有頂天になるべからず。

二、宣伝人という者は、自分の宣伝でまず自分を動かすべきなり。自分をさえ動かすことが出来ぬ宣伝が、なんで他人を動かすことあらん。

三、宣伝人という者は、ほめられぬものと覚悟すべし。悪口を恐れて宣伝はできるものなり。あちらこちらを共に立てんとして、殿中のお茶坊主となる勿れ。

四、宣伝人という者は、千億人を相手にするなどと大それたことを思うべからず。ただ一人を相手にして、根かぎりやるべし。

五、宣伝人という者は、学んで学者とならず、遊んで殿様芸とならぬよう心掛けるべし。己の才に溺れて、宣伝を道楽仕事とすることは下の下であると、しっかり心得よ。

いつの時代も企画者は、広告のプロになってしまうと、つい受け手がどう考えるか忘れてしまう。受け手と同じ立ち位置につくことで、受け手が感じる広告をつくれるわけだが、花森はまずそれを第一義にせよという。そして、自分さえ動かせない広告が人を動かせるのかと。

また花森は、宣伝は涼み台の将棋に似ているという。だれもがああでもないこうでもないと言える代物で、そんなものを全部聞いていると、結局身動きとれなくなるのは自分だ。自分の信念を貫いてつくれば、相手に必ず届くという。

万人に届けようとするから、焦点がぼける。たった一人に向けて語れとは、宣伝のいつの時代も変わらぬ本質だといえる。そして、勉強しない企画者は動かない機関車と同じであり、朝起きてから寝るまで、すべてのところに転がっている材料が勉強の対象になるはずで、それを身にできるかできないかは勘の問題で、「勘」の悪い宣伝人ほど始末に負えない者はないと解説する。


広告は決して時代を創るものではないが、時代とともに生き、時代と呼吸しながら、時代を並走して生きる強さがある。状況の違うなかに飛びこむことがその人を強くするという思想に、広告のもつしたたかさと開き直りの強さをみる。そしてそれが広告の本質なのだと思う。」

私が時代を創るのでなく、時代が私を創るのだ。
そう、強く思った。



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ごはん食べよう、とな。

ふわふわ歩いて出逢ったのがWALTZ.

今日は贅沢な時間を自分に許すことにした。

「おじゃまします。」
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