4/25まで、小泉セツと小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)を

モデルにした朝ドラ「ばけばけ」が放送されていました。

10年ぶりくらいに、朝ドラを楽しく観ていました。

 

10月からの放送開始前に、面白そうだから観ようと思っていたのに、

初め忘れていて、10月の最終の土曜日(その週のまとめの回。

ラフカディオ・ハーンが松江に着いた所)に

たまたま放送を見かけてそれから見たので、その前の部分は

観そびれたんですが。

 

その後今年に入り、ハーン(ドラマ内ではヘブンさん)が、長男誕生の後

日本国籍を取ると同時に日本名を持ち、家族一緒の籍に入るところの話があり、

ドラマ内で、お時(小泉セツさんがモデル)の養祖父が八雲と名付けたと

なっていましたが、実際その様に伝えられているようです。

 

私はドラマを見るまで、日本名を八雲と決めた経緯について知らなくて、

「{ハーン}さんの音の語呂合わせから、

八と雲(ウン)を当てはめたのかな」などどぼんやり思っていました。

 

少し調べてみました。

 

下記、小泉八雲記念館さんのインスタグラムに、

次のような投稿がありました。

八雲さんが、友人に日本名の由来を手紙に書いたものだそうです。

 

画像

 

 

下記の、砂子屋書房さんというサイトに、上の手紙内に書かれた

古事記の中の短歌についての説明がありました。

一部書き出してみます。 

 

 

 

 

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「八雲立つ 八雲八重垣 妻籠みに 八重垣作る その八重垣を」

 

読みは、「やくもたつ いづもやへがき つまごみに 

              やへがきつくる そのやへがきを」


「八雲立つ」は八重の雲が湧き起こる意で、出雲をたたえる枕詞。
「八重垣」は幾重にもめぐらされた立派な垣。
出雲に降(くだ)った須佐之男命(スサノオノミコト)が

櫛名田比売(クシナダヒメ)を妻とする新婚のうた。

妻を籠もらせるための八重垣をつくろうよ、という意味。

 

『古事記』の最初に出てくる歌でもあり、

のちの『古今和歌集』の「仮名序」には、
このスサノオの歌から歌の三十一文字が定まったと書かれていて、
つまり、この歌が、いちおう、日本最古の短歌であり、

三十一文字の歌の原型ということになっている。

 
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この後も記事は続き、読むとなかなか面白いです。
 
 
ラフカディオ・ハーンは
ニューヨーク(と書いてあるのを見たけど、
ニューオーリンズの間違い?)にいた時に、
古事記の英訳を読み、感銘を受け、日本行きを望んだそうです。
たまたま松江中学の先生に赴任したのではなくて、
神々の国としての日本の中の中心の、出雲に来たくて松江に来たようです。
アメリカではブードゥー教に魅かれていたそうですし、
神秘的なものや異文化が好きな人だったんですね。
(松江に来た経緯について後で分かったことを付け足すと、
アメリカの新聞社[雑誌社?]の日本特派員として日本に来たが、
日本に来てほどなく、ハーンが自身の待遇の悪さに腹を立てて
会社を辞めてしまって、その後友人や知人が
松江の学校の先生として職に就けるよう尽力してくれて、
松江に行けた、とのことです。)
 
そう思うと、ラフカディオ・ハーンにとって、八雲という名前を持ったことは、
ぴったりな名前であり、大きな喜びだったのだと思います。
古事記に最初に出てくる短歌 (かつ[一応]日本最古の短歌とされていて)、
その中の言葉、大好きな出雲を指す「八雲」を
自らの日本名にできたのだから。
 
自身の家族と縁が薄く、最初の結婚は上手くいかなかった彼が、
子供も生まれて、妻子と家族を守っていこう、
日本人に帰化して永住しようと決めた。
須佐之男命(スサノオノミコト)が妻を娶り新居を作った時のこの歌は、
彼の境遇、またこの時に、とても似つかわしかったとも思います。
 
それ以前に、セツさんとラフカディオ・ハーンさんの出会いが、
本当に運命的なものだったと感じます。
「怪談」その他、二人で生み出したものですし。