前回の続きを書きます・・・。
あの悪夢・・・。
3月14日
朝共立へ出勤する。
メール確認。
そこには「いわきの金成と連絡とれず」とか。
各現場の報告と原子力対応のメールの嵐。
なんだこれは?
あれこれ処理して仕事をしていると、そこへエリアメール。
そして3mの津波が来るとニュース速報。
もう勘弁してくれと思って、確認で実家へ電話すると、父親が自転車で港へ出かけたと。
おーい!!
また11日と同じことが起きるから「呼びに急げ」と電話を切る。
テレビ見て、津波状況を見てたら
1Fが映像でうつされていたが、急にドカーンと爆発。
!!??
爆発?
今度も、前回同様、社員が巻き込まれてないのか?
もう、何がなんだか分からなくなる。
連絡を待ちながら、仕事をして夕方に。
買い出しにも行きたいがガソリンスタンドが閉まっているので、寄り道いっさいせず停電中の自宅へ帰宅。
爆発後の次の日、朝が来るのがイヤでした。
3月15日
朝、共立に通勤中、大木ちゃんから電話。
朝、共立に通勤中、大木ちゃんから電話。
その電話で言われた言葉が、
「東海村でも放射線数量が多くてGM鳴りまくっているから、いわきはもっとひどいよ!マスクして防止かぶって!」
「出来るなら避難して!」と言われ。
すぐに、周囲に電話。
既に数人の友達は県外に避難していた。
でも、会社の仕事があるのと、原子力の関わりもあるので、どうしていいか分からなかった。
でも上司に相談したら「俺らもついにダメかもしれないから避難準備しておくか・・・」
私は11時に帰らせてもらって準備だけはしておく。
夕方に水をもらいにいろいろ歩いて1日が終わる。
アイシスのガソリンが満タンから減り始める。
3月16日
出勤せずに会社からの指示待ちになる。
朝は電池が手に入らないので、会社の人に言って電池40個もらう。
避難した方がよいとのメールが来るがもうどうしようもない。
しかし、父親宛てに電話が来て、高萩で部屋あいてる人がいるから避難してきたらと言われ
お言葉に甘えて行こうとしたら、いわき営業所は全員避難せよとの指示。
こりゃ、いよいよ福島も終わりだなーと思いながら避難。
行った先で一晩お世話になることに。
人の家とはいえ、水が出る生活。電気がつく生活。
本当にライフラインって大事だと思った。
茨城県も地震が多いのでエリアメールは鳴り続けていた。
3月18日
高萩のお世話になった家の人も避難の話が出てきたので、
妹のいる愛知県へ行くことを決意。
ガソリン、どこまでもつか分からないけど、いくしかないと決意して南下する!
いろいろあった・・・・
本当にいろいろありすぎて・・・・
続きはまたあとで。