シアトルを発った機内で描き始めた航海日誌。

予想はしていましたが、書きたいことがあり過ぎて全っっっ然書き終える事が出来ず😂


帰国してからは完全に仕事やその準備に忙殺されてしまってなかなか執筆は進まず、でも尻切れトンボにだけはしたくなかったので、旅を終えて4ヶ月以上も経ってしまいましたが、何とか書き上げる事が出来ました😅


また改めて読み返してみると、あれも書きたかったなぁ、この写真も載せたかったなぁなんてのが後から後から湧いてくる。

やっぱり、それだけ濃い旅だったんだなぁと実感させられます。


どうも近頃、SNSに情報が溢れすぎて、自分の記事も何だかただ垂れ流されて消え行くような感覚を覚える事が増えちゃって💦

なので、振り返って読みやすいブログにまとめてみました。


航海日誌を載せ終えるまで、他の記事は書けないなぁとしまい込んだネタもあるので、もういっそ振り返り記事でも良いかなとも思っているので、またつらつらと書き連ねて行ければと思います。


とか言いつつね、僕の事なので、この次の記事が半年後とかって事も大いにあるかと思うんですが、その辺はもう、広い心で受け入れて貰えたら嬉しいです🤣


最後に、久し振りに本日のおまけ的な1枚を。

飛鳥Ⅱのギャラクシーラウンジの楽屋で撮らせて貰った1枚。ちゃんと掲載許可頂いて来ました!

何か、旅の一座の楽屋というか、昔ながらの「ザ・楽屋!」って感じの雰囲気が素敵過ぎて、大好きになった場所でした。

記事を読み直してたら、お気に入りの1枚を紹介してないじゃないか!と気付いて慌てて掲載🤣


また思い出したエピソードや載せたい写真があったら、こんな感じで紹介出来たらと思います。


それではまた!

2週間強という船内生活を終え、いよいよ飛鳥Ⅱとお別れする日がやって来てしまいました。

ジュノーの港の岸壁はこんな感じになっていて、接舷して低い階層からみたらなかなか妙な迫力がありました😅

飛鳥Ⅱとのお別れ。
写真を大きくすると見えると思うんですが、部屋のテラスから手を振って下さっている方がチラホラお見えになって、何かその光景にまたちょっとホロリと来ました。

港からジュノーの空港まではマイクロバス?大型タクシー???で移動。

ジュノー国際空港は、これホントに国際空港なの!?と思うほどこじんまりとしていて、どこか地元の高知龍馬空港を思わせる佇まいでした。実際、多分高知龍馬空港と同じくらいの大きさのターミナルビルだったんじゃないかと思います。

ジュノーはアラスカ州の州都という事もあり

ロビーに熊がいたり

保安検査場の入口でアメリカを感じたり

出発ロビーでもアメリカを感じたり🤣

そんなこんなで、一行は一路、トランジットの地・シアトルへ!

シアトルと言えば、個人的にはマリナーズとイチローが即座に浮かんで来るんですが、イチローもいつもこの空港を使ってるのかしら?と思うとちょっと胸が高鳴りました。

夜半過ぎの出発だったので待ち時間の間に次第にロビーは人気が無くなってこんな感じ。
国際空港のターミナルの、普段あまり見る事のない一面を垣間見れたようでちょっと得した気分になりました😁

ここから11時間かけて台湾の台北市へ。
シアトルを経ってジュノーの上を通過し、はたまた東京の空を通過して台北へ…
ジュノー→東京間が直通だったらかなり早く帰れるんだけどなぁ、なんてみんなでこぼしあったものでした😅

そう言えば、航海中の時差調整のエピソードをすっかり書き忘れていましたね💦
船内では1日おきに1時間ずつ時計の針を進める形で時差調整していました。日付変更線を越える関係で、船内で2日連続同じ日付の日を過ごすという空前絶後の体験もしました。
帰りは逆方向に日付変更線を越えるので、夜半にシアトルを経って11時間後に着く台北は、暦の上では日付が変わった早朝、時計に直すと30時間ほどが経った世界という😅
もうこうなると訳分かりませんね🤣

あまり眠れなかった事もあり、眠い目をこすってターミナルを歩いていると、テレビやなんかで良く見る空港ピアノが設置されていました。
音楽家の一行なので「ピアノがある〜」なんてテンション高くなってたら、ジャズピアニストの森丘ヒロシさんがおもむろに「O sole mio」を弾き出し…🤣

アメブロの動画の尺の制限があるので一部だけ
ちなみにインスタに完全版の映像があるので良かったらそちらもどうぞ👍
もう完全にフラッシュモブ状態😁
早朝だったので人は少なかったけれど、周りにいた人達は大喜び🤣
やー、ネットとかで良く見かけてた光景だけど、まさか自分が演奏する側に回るとは思ってもいなかったし、何よりも突発的な事だったのでめちゃくちゃ楽しかったです!✨
旅の終わりにまた1つ、素敵な思い出が出来ました😆✨

かくして、台北から無事に成田へ降り立ち、横浜から始まった17日間に及ぶ長い旅が終わりました。

一生に一度というような経験を沢山詰め込んだ、本当に宝箱のような旅でした。
今回の出逢いや経験がまた未来に繋がる事を心から願いつつ、航海日誌の筆を置こうと思います。

お付き合い頂きましてありがとうございました😆✨
ジュノー到着の前夜、僕らにとっての最後のステージ、2回目のメインコンサートを迎えました。


いつも当日の午後、会場でランスルー(流れの確認の為、コンサートを最初から通してみるというリハーサル)を行っているのですが、この日はランスルー前に少し時間があったので、ステージでリハ風写真を撮り合って遊んでいました😁


そしたらなんとなんと!照明さんが飛び入りでめちゃくちゃ豪華な照明を入れてくれたんです🤣
もう一同おおはしゃぎ😆

テンションマックスでこのキメ顔🤣

すっかり調子に乗っております🤣🤣🤣

リハでもやっぱこの2人は画になるなぁ✨

そして迎えた本番。
もう4回もステージを共にしているお客さん達なので、もう会場の空気は完全にホームのそれ。
温かくてありがたくて、終わりたくないという気持ちが後から後から込み上げてきます。

今回の5回のステージ。
クルーズのこうしたステージでは珍しく、マイクを使わずに生の演奏で行いました。
マイクとスピーカーを使う事を前提に作られた、ライヴハウスのような反響の少ない会場。それでも、僕らの最初のリハを聞いてくれた飛鳥Ⅱのディレクターさんが、マイク有りとマイク無しの歌唱を両方聞いてくれた上で、マイク無しで行きましょう!と言って下さいました。
お客さんからも、飛鳥Ⅱのステージでマイクを使わない歌唱は初めて聞いたという声も頂き、歌う側としては勿論大変な部分も多かったですが、お客さんの温かく盛大な拍手に、そんな大変さは彼方へと吹き飛んでしまいました😁

最後のMC。
昔から気持ちをしっかり込めて想いを伝えるって事をしてきてたんですが、その度に喉の奥の方から込み上げてくる熱いものを抑えるのが大変になる事がしばしばあって。。。
今回のMCはそれをやったら絶対に泣く自信しかなかったので、極力感情を込めず(それでも絶対にこめてしまうので、必要以上にって意味でね?)、それでいてきちんと気持ちが伝わるようにと、そのバランスに多分これまでで一番アンテナを張りました。

このメインコンサートでは終演後にロビーでお客様のお見送りを行いました。
実は前日のリハーサルでセットリストにどうも違和感が拭えず、一部曲目の歌謡曲への変更を行いました。1晩で暗譜して用意するという、なかなかにハードルの高い作業になったのですが、このお見送りの時にお客様から「クラシックに詳しくない私達にも分かる曲を歌ってくれて嬉しかった」という言葉を頂いて、本当に胸が一杯になりました。

またこの曲目変更に関しては、航海日誌④でも触れたように、メンバー全員が少しでも良いステージをという「やれる範囲」の広さがあったからこそ出来た荒業でもでもありました。改めてこのメンバーでこのステージを作り上げられた幸せを感じさせてくれた瞬間でもありました。

お見送りのあとステージに戻り、たっての希望でステージを一緒に作り上げて下さった全てのスタッフの方に集まって頂いて、全員で記念写真を撮らせて貰いました!



旅の最高の想い出の1つです✨


このメンバーでステージを作れて良かった!
みんなに感謝✨

これで船内全てのステージが終わり、
翌日はジュノーにていよいよ下船の時を迎えます。