多分何年も前から考えてた、転職。
なんで考えていたのか、なんで転職しなかったのか、思い出せないんだよなぁ。
ずーっと昔につけていた日記を読んでも思うけど、その時の感じ方、考え方、言葉は、その時だけのもので。
昔の自分に感動させられたり、共感したりすることがある。
過去の自分は自分だけど、今の自分じゃない。
だから、転職しなかった理由も今の私には100%は思い出せない。
入社して、店長になって、リーダーになって、新規事業立ち上げにいって、結婚して、子供を産んで、復帰して、ワーママ。
その間、3ヶ月に1回は辞めたいと思ったし、心が疲れて動けなくなったことも沢山あった。
胃の痙攣だって何回もあった。
それでも続けてたの、何でだっけか。
苦しいのに続けていたのは、きっと楽しさもあったから。
この状況で辞めるわけにはいかない。って思ってたから。
入社して、初めて社会を学び、気遣いを学び、見せ方を学び、こうしなきゃいけないを学び。キュっと抑えつけられるような日常に慣れていくと、今度は表現することがとても苦手になっていって。
SNSも、日記もかけなくなっていった。
どう思われるか、を気にしすぎて。
そこにきて、母になり。
余計に、こうでなきゃいけないの鎧を増やしていった。
めちゃめちゃ大変な鎧。
ママである私は、しっかりしなきゃいけない。が脱げる時間を失っていた。
今までは、会社で、こうしなきゃの鎧を着たら、私生活でどうしょもない時間をつくることで、自分を笑い飛ばせてたのだけど。
どうしょもない時間が、少しずつなくなっていくことで、多分私は怒ってた。悲しんでた。
私が、私になる時間がなくなったから。
旦那さんは優しくて、私だけの時間をつくってくれるし、幸い実家も近くて、私だけの時間は、他のお母さんに比べたら、持てていたと思うのに。
なんでか、私は私に戻れなかった。
フィジカルを気にして、ピラティスの資格をとったり、呼吸の教室にいったりしたけど、鎧をきたままの私は、思うように動けない自分をダメ出しする癖があり、呼吸が浅いとか、まだ体幹使えてないとか、ダメなところを探す、正解を探すことを繰り返していた。ってかそれ、ネガティブでもなく日常的に普通だった。
ロルフィングという手法を受けたときに、ロルファーさんに言われた。
「呼吸にダメ出しって、一日に何万回も自分にダメだししてるってことだよ?」
しょ、衝撃。
それ。ツラ。笑笑
そこでロルフィングを受けた次の日から朝自然に目が覚めるようになり、体もそうだけど、心が変わった気がしていた。
(もっと素敵な言葉がありそうだけど、安直にしか言えない)数日経ったら戻ってしまったけど、不思議な感覚を得たことは記憶にあるの。
そして、先日、瞑想のワークショップに参加した。
ぜんっぜん受ける気なかったのに。
なぜか受けてたの。本当、不思議。笑
自分で決めてるはずなのに、なんで参加したい!ってなったのか、今もわからない。笑
結果として、やっばかったの。
何これ!えー!!って感じ。
鎧脱げた感じ。
そして、瞑想しながら、泣いたのよ。私。
なんで泣いてるのかわかんないの。
ここで一つ言うと、私はスピリチュアル好きのスピリチュアル嫌いで。
エネルギーとか宇宙とか波動とか、わりと引くタイプ。
それ言う人と距離とるタイプ。
でも、今回の瞑想ワークショップしてる人の言葉の一つ一つが腑に落ちて。腹に広がって、幸せだった。
波動とか全開で言ってたのも、全然アレルギー起こさなかった。だって、別に、当たり前にあるもんじゃん?のスタンスでいけた。
その人だったから、っていうのはめちゃでかい。
出会えてよかったやつ。
そしたらね、自分の回線がすごくすごく繋がって、あ、鎧がなくても生きていける。愛していける。愛を持って働けるって感じた。
瞑想すげーーー!!
で、原点回帰。
やっぱり私はタイマッサージを生業にしていくんだなぁと。
タイマッサージで、誰かと瞑想していくんだな。
2人でする、瞑想をつくるんだろうなぁ。
そして、私は今まで、タイマッサージでそれを得ていたんだなぁと。私が癒されてたんだ。
タイマッサージは、される方もする方も気持ち良くないといけない。だから、がんばりすぎないで怠けていい。
タイマッサージは、アートだよ。
過去の先生たちの言葉が今染みる。
この思想に惚れたんだった。
慈悲の瞑想は、それこそタイマッサージで。
どんな人でも、触ると愛しく感じた。
疲れてる体に触ると、どんな人でも、人間なんだ。って愛しく感じた。嫌いな人でもね。
それって、まさしく慈悲の瞑想だ。
私は、自分を癒すために、この仕事をするんだね。
治療する人、される人。なんて構図が嫌だった。
受身なお客様が嫌だった。
ヨガとか、ピラティスとかして、自分で自分を癒す方法を見つけようよ!と。能動的に癒そうよ。と。
マッサージに嫌気が刺した時もあったけど。
自分の体を感じていくために、人の手が必要なときもある。
あたたかさが必要なときもある。
そんなマッサージをクリエイトしていけますように。
