4月は慌しく過ぎていった。

慣れない大学生活で、娘も疲れていた様子だったが、

何事にも前向きに取り組んでいるようだった。

ゴールデンウィークになり  つづきはあとで。。

4月1日、娘は大学の入学式を迎えた。

ホワイトデーから約半月、私達夫婦も、娘自身も、Fの事には

触れないようにした。


新しい学校、新しい友人、気持ちも新しく生まれ変わる予感でいっぱいだった。

Fに帰りに待ち伏せされるおそれのあるアルバイトも辞めた。

とりあえず、大学に通って、落ち着いたら、大学の斡旋のアルバイトでも

見つけようと娘は思っているようだった。

通学時間は1時間20分くらい。大学の最寄り駅からバスが出ていて、10分程度で着く。

自宅から通える大学という事も、娘は大学選びの条件にしていた。


入学式を終えた時、私は暫く預かりっぱなしになっていた娘の携帯電話を

手渡した。

娘は「ありがとう」と言った。

本当は色々と注意をしたかったのだけれど、せっかくの入学式。

娘自身もつらい思いもしたのだから、と私は注意の言葉を飲み込んだ。


新しい学生生活は順調だった。

兄とは違う大学だが、兄に履修登録のアドバイスを受けたりしながら、

また新しい女友達も出来て、娘は元の明るさを取り戻していた。

1年生の必修科目が1時限目に集中している事もあって、

朝はほとんど夫が車で最寄り駅に送った。


また長年に渡る、住民運動の成果で、

最寄り駅から我が家のあるニュータウンまでのバスの運行が

21時頃まで延長になった事は願ってもないことだった。

回数券を購入し、娘には必ずバスで帰宅するよう念を押した。





外が暗くなってきた頃、我が家の前に軽自動車が停まった。

約束の時間きっかりだ。

へえ~、約束守る事も出来るんだ。

変な感心をしながら、私は夕食の準備をしていた。


当初、娘には会わせる気は無かった。

プレゼントは夫だけが出て受け取るつもりだった。

しかし私達夫婦もやはり娘には甘い。

Fがもうじき来るという30分ほど前に、娘に

Fが我が家の玄関に来る事を告げた。

そして父親と一緒に玄関先まで出て、プレゼントを受け取る様に言った。


娘はすぐには事態を飲み込めずにいたが、少し照れくさそうに、

少し嬉しそうにした。

大急ぎで部屋着を、鮮やかな色のセーターに着替えて娘はFに会った。

Fは娘の姿を玄関先で見つけると、意外そうな顔をしたが、

すぐに娘に駆け寄り、ビニール製の袋を手渡した。

「ありがとう」と娘が言った。夫は2メートルほど離れて立っていた。


その時、

一瞬何が起こったのか、夫にも娘にもわからなかった。

「うわ~~~ん、うわ~~ん」

突然Fが大声で泣き出したのだ。

シクシクでもクスンクスンでもない、夜の闇に響き渡るように、太い大きな声で

子供の様に泣き叫びだしたのだ。


我が家は大規模なニュータウンに建っている。

13年前ココに越してきた時は、空き地もポツポツ有ったのだが、

今では住宅がほぼキッシリ立ち並んでいる。

子供たちも小学校、中学校、高校、大学と成長してきた。

ご近所に対しても、それなりに気を使って暮らしてきたつもりである。


何事かと、隣近所の玄関の明かりがついた。

そおっと窓を開けて、見る者もいた。

夫は「やめてくれ! キミ、どういうつもりなんだ!」

娘も「泣かないで!ご近所が何事かと思うじゃない!わかったから、わかったから!」

娘が何をわかったのか、知らないが、

あせる夫と娘を尻目に、しばらく泣き声は続いた。

まるで、あたりにワザと聞こえるように。


13年間、普通に暮らしてきたわけである。

家庭内で些細な揉め事は何度か有ったけれど、ご近所にわかるような

トラブルは皆無だった。

それが見事に崩れた。取り返しのつかない出来事だった。


Fを帰して、我が家はいっそう暗い気持ちになった。

娘が渡された袋の中には、プーさんのぬいぐるみがコロンと横たわっていた。




3月13日、夫の携帯に見覚えの無い番号の電話がかかった。

「もしもし」

「Fですけど・・・」

3月5日に夫は携帯の番号を念の為、Fに教えたらしい。


「明日、ホワイトデーなんで、○○さんに、プレゼント渡したいんですけどお~」

夫がFに会ってから、まだ1週間ほど。

当分連絡を取らないと約束したにも関わらず、だ。

Fにとっての「当分」と言うのは、たったの1週間を指すのだろうか。


娘の携帯の使用料金が減ったのは、一時的なものだった。

今月は3万を越えていた。学生割引(半額になる)なのに。

明細が来た時は、わたしは我が目を疑った。

その日は娘を怒鳴りつけ携帯を取り上げた。

携帯の電源は切っておいた。

娘も大金の請求に驚いて申し訳ない気持ちになったのだろう。

携帯電話を返して欲しいとは、一度も言わなかった。


娘の携帯が繋がらなくなったので、Fは夫に連絡してきたのだ。

夫は、「Fが娘に何か渡したいと言ってる」

私は断ってほしいと夫に告げた。夫も同意見だった。

Fにそう告げると、Fは娘本人でなくてもいい、お父さん、受け取って下さいと強引だった。


スミマセンとハイ、イエしか言わなかった男が、色々はセリフをはいた。

そのしつこさに負け、夫は「それじゃ、私が、キミに会おう」と告げた。

うちの息子と同い年だ。所詮子供なんだし、まあ、仕方ないな・・・

そんな気持ちだった。あきらめの心境だった。





Fはメールをやめなかった。

娘のアルバイト先や、女の友達と出かけた先にも、待ち伏せした。

私は娘に、だいたい何時頃帰る予定なの?と必ず尋ねるようにしていた。


「そ~ねえ。7時頃かな」

6時30分を過ぎると、このあたりは真っ暗になる。

7時だったら、夫が仕事帰りに駅まで迎えに行ってくれるかもしれない。

最寄りの駅に電車が着く前に、父親の携帯に連絡するように娘に告げた。


念の為、夫には、娘が外出した事、7時には駅に着く予定だという事などを

メールしておいた。

夫もFの事があってからは、娘の事に多少神経質になっていたし、

心配もしていたから、自分からすすんで協力してくれた。


夜になり、夫が帰宅した。娘を連れては居ない。

「何度も電話したり、メールしたりしてみたんだけどねえ。一向に繋がらないんだ。」

私も同様だった。

7時どころか、8時を過ぎ、9時を過ぎた。もうじき10時を過ぎる。

テレビにはお笑い番組が流れていた。

普段ならココで必ず笑うだろうと思うシーンにも、全く笑えなかった。


心臓がキリキリ痛んだ。

娘を連れているのはFだという確信があった。それ以外は考えられない。

傍らの夫を見ると、短期間に老けた様な気がした。 

気がしただけではなく、実際、急速に白髪が増えていた。  


バン!と聞き覚えのある軽自動車のドアの閉める音が響いた。

帰ってきた! と思った瞬間、車は一目散に出て行った。

心配と怒りが混ぜこぜになって、娘を叱った。

娘はただ「ゴメンナサイ」と繰り返すばかりだった。娘はクタクタに疲れていた。

そんな事が2度ほど続いた。


3月5日、夜の8時。

最寄り駅で、仕事帰りの夫はFに会った。

偶然ではなく、前日電話で呼び出したのだ。

今度は最初から、キツく注意をした、と夫は言っていた。

Fの乗ってきた軽自動車の助手席に乗り、30分近く話したと言う。

Fはやはり「スミマセン」「ハイ」「イエ」の3種類の単語を使うだけだったらしいが。


①娘の帰りを待って、車に乗せて連れ歩かない。

②メール、電話共に常識を超えるやりとりは止める事。

③春休みの間は連絡を控える。


この3点を必ず守るように告げた。

Fは大声で「わかりました!」と言った。


3月上旬、夫がFに電話をかけた。

番号は娘から聞いた。娘は番号を父親に教える時、不安げだったが、

朝起きれない自分の非を認めているのだろう、わりと抵抗無く教えてくれた。


夫は、娘が体調を崩している事、深夜から朝までのメールや電話の注意をしてから、

Fの考えや思いを尋ねた。

携帯電話の向こうのFは、ただただ大声で

「スミマセン! スミマセン!」と同じセリフを繰り返すばかり。

何を尋ねても、明確な答えは一言も返って来ない。

夫もいろいろ言い方を変えたり、答えやすい質問をしたりしてみたのだが、

結果は同じだった。


スミマセンと繰り返し言っているのだから、とりあえず反省はしたのだろう。

夫はそう解釈して、電話を切ろうとした。

その時、

「それじゃ、お疲れ様でした!!」 ガチャリ

わけのわからない最後の言葉を大声で言ってFは電話を切った。


お疲れ様・・・??


あきれてモノも言えなかった。



2月中、Fと会うことが頻繁になっていた。それでも娘はメールや携帯電話で

私や夫に連絡をくれていたので、目をつぶっていた。

しかし、帰宅が23時を過ぎる日が続いた時は、きつく叱った。

Fと会った次の日に限って、娘の疲労は激しく、2月などは学校を休む日さえ有った。

朝、部屋に起こしに行っても、目も開けれない位疲労している。


娘のベッドの上には、携帯電話が開いたまま転がっている。

メールをしながら眠ってしまったのだ。

受信記録がチラと見えた。5時30分? 朝の?

私はメール自体は開かずに、受信時刻を見た。

愕然とした。

ほぼ、1~2分置きにFからメールが来ているのだ。

昨夜の午後11時頃から、ほぼ引っ切り無しに。

これじゃあ、眠れなくて当然だ。学校なんて行けるはずがない。

娘の性格から考えても、Fからのメールに律儀に返信しているのだろう。


Fは大学生で、その頃はちょうど長い春休みで暇だったのだ。

たまにアルバイトに行くだけで、暇をもてあましていた。

アルバイトも夕方から数時間、週に2度ほどらしかった。


その後、携帯電話会社からの請求は1月、2月ともに3万円を超えていた。

そんな日が何度か続いた頃、夫が言った。

「娘にだけ、注意しても、埒があかない。一度Fに会って、話してくる。」

その方が良い、と私は思った。


Fは、中肉中背だが、20歳にしては、筋肉が無いというか、ブヨっとした感じがした。

目は腫れぼったく細く、全体的に頭が大きめで、顔の真ん中の鼻が目立っていた。

髪は真っ黒のスチールウールのようなクセのある毛をしていた。色は黒かった。

現代のおしゃれな若者とはかけ離れていて、中学生に見えたり、年寄りに見えたり、

少し気味が悪かった。


娘の友達(女)が男友達に、娘の写メールを勝手に見せてしまったのが、きっかけで、

知り合うようになってしまった。

友達のボーイフレンドの友達がFだったというわけだ。

娘の写メールを見て、勝手に気に入って、同じ電車に乗って、眺めていたのだ。

もちろん、その頃は、娘はFの顔さえ、存在さえ知らなかったのだから。


その上、娘の友人は、Fに娘のメールアドレスまで教えてしまった。

悪気はなかったんだろう。それにしても・・・・

娘にも人を見る目がなかったのだろう。





娘は風邪気味で熱があったので寝かせていた。明日はバレンタインデーと言う日だった。

自分の部屋で眠っていた娘が、階段をゆっくり、しんどそうに降りて来る。

あれ、ノドでも渇いたのかしら?朝10時を過ぎていた。

「お母さん、11時になったら、ちょっとだけ出かけてくるね、すぐに戻るから」

聞くと、明日のバレンタインデーのチョコの材料を買いに行くんだと言う。

メモしてくれれば、買って来るから、寝てなさいと言っても、聞く耳を持たない。


「Fと買いに行く約束してるの。車だから、買ったらすぐに帰る」

F? またFなの? 娘は私と夫がFを好んでいない事を十分知っている。

気に入らないけれど、娘の気持ちを考えたら・・・


材料のそろっている大き目のスーパーが、車で5分くらいの所にあるので、

そこを勧めた。素早く買えば、往復30分くらい。ゆっくり品選びしても1時間も有れば、

十分だった。温かいコートにマフラーをして、11時に送り出した。


正午を過ぎた。何度も時計を見た。

1時を過ぎた。車で5分の所を2時間過ぎている。熱が有るのだ。

メールしても電話しても、つながらない。

2時過ぎ、娘は戻ってきた。約束どうして守らないの?!頭に血がのぼった。


「Fが帰してくれなかった。ごめんなさい」

私の中でFに対しての怒りが少しずつ大きくなって来たのはこの頃だったと思う。



夜、娘がキッチンに立って、何か作っている。

確かにこれまでも、ケーキ、クッキー、クレープなど作っていたけれど。

お弁当を作りたいらしい。どういう風のふきまわし??

夜からの作り置きは、いくら冬でも、暖房が有るから腐るよと注意しても、

「冷蔵庫に入れるし、大丈夫」 と聞く耳を持たない。


「Fがお昼おなかが空くから、お弁当作って欲しい、って言うんだ」

高校の3年間、娘の弁当は私が作って来た。

朝、何度起こしてもギリギリまで寝ていて、飛び出すように朝出発しているくせに。

あの不愉快な男の為にですって?

私はいきなり不機嫌になった。


キッチンを見ると、買っておいたお弁当の材料の袋が全て開封されて散らばっている。

ほんの30分前に晩御飯の洗い物を済ませて、きれいになっていたシンクが

めちゃくちゃになっている。

テーブルに、娘のウサギの和柄の弁当箱におかずがチョコンと詰まっているのが見えた。

その横に少し大きめの使い捨ての弁当箱に同じおかずがギッシリ詰まっていた。

一生懸命フライパンを洗っている娘の細い指を見たら、何も言えなかった。

そんな事が、その後も何度も続いた。



Fが逃げ帰ってから、何週間か経った頃だった。

忘れていた頃、同じ状況になってしまった。

娘がFに送ってもらうとの連絡が有った。夫は休みで家にいる。


娘はFの名誉挽回とばかりに、「今度はきちんと挨拶するからね!」

娘ははりきってるけど、私と夫は、どーでもいいと思っていた。

娘のBFが挨拶出来ようが出来まいが、関係なかったが、

せっかく、言ってるんだし・・・・

夫だけゆっくり外に出た。


軽自動車の停まる音がした。

チラッとカーテンから、外を見たけれど、太陽がまぶしくて、すぐに閉じた。

何か話し声が聞こえたので、今度は挨拶してるんだと思った。

じきに夫と娘が入ってきたので、笑顔で迎えた。

夫も娘も暗い。どうして?

「いつも送って頂いて有難うございます」って言ったら、

運転席の窓、少し開けて、「どーもスミマセン」だってさ。逃げるように帰って行ったよ」

不愉快な空気が漂った。