加古川に架かる、上荘橋を渡り、「見土呂フルーツパーク」へ梅の花を見に行く途中で、細い道の途中にある少しへこんだところに、井口城の城主の娘「美登呂姫」の伝説が残っています。

     加古川市上荘町美登呂479     車は止められる場所があり

上荘町見土呂にはかつて室町時代に赤松一族の砦として築かれた井口城がありました。赤松満祐が治めていた時代、当時の城主であった井口家治の娘「見登呂姫」はとても美しく心優しかったため人々に親しまれ評判を集めていました。

ある時、満祐の家来であった侍が姫の美しさに心を打たれ、ある年の「月見の祝」の席で姫に思いを告白しましたが、断られて逆上し姫を刺し殺して裏山に埋めてしまいました。しばらくしてその事実を知った民衆は姫の死を悼み、石仏を立てて菩提を弔ったということです。 この太師堂の横手には、石棺仏が立っています。 これが『美登呂姫の石仏』と呼ばれる阿弥陀三尊像である。

見土呂集落に、哀しい悲話を今に伝える石仏です。

阿弥陀三尊石棺仏(高さ 174Cm 幅 125Cm 厚さ 25Cm)
中尊は、二重光背形輪郭を彫り沈め蓮華座上に立ち、右手・施無畏印、左手・与願印をむすんだ阿弥陀如来を半肉彫りのようです。 見土呂の地名は美登呂姫からきているといわれています。

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