俺のおばあちゃんには弟がいる。

今はもう、いた、という表現が合ってるかもしれない。

いわゆる親戚のおじちゃん。



そのおじちゃんが、亡くなった。




小さい頃からとてもお世話になった人で、

おじちゃん夫婦と、同い年の親戚の子とその妹でお出かけしたりとか、釣りに行ったりとか色々してもらった。



20歳超えたあたりから、そんな頻繁に会うことはなかったけど

たまにあっては仕事の事を聞いてくれたり、病んでお仕事を辞めた時も『侑なら色々できるよ、今からでも小学校教諭の免許取ってみたらどうや、侑にすごい向いてるはずや』と、

出来損ないの俺だったのに、すごい期待を持ってくれる人だった。


心がぐちゃぐちゃになってたとき

自分に希望が持てなかったとき

そんなときに期待の言葉をかけてくれたのは今でも忘れない。





俺には親父と呼べる人は正直いない。


親父だと思ってた奴は、一番頼りにしたい時に頼りにならんし、

二人目のやつなんかは当てにしたらあかんやつやし。


もしかしたら、おじちゃんは俺にとっては

親父に近い存在だったのかもしれない。

今になって少し思う。違うって言われるかもしれんけど。




周りからしたらただの親戚のおじさんかもしれん。

けど俺にとっては、遠いけど、大事な存在やった。




なんでもそうやけど、大事なものって無くなってから気づくもの。


今回もそう思わされた。





ちょっとしたエピソードがもう一つある

母親も、親父もあてにならん家庭で育った俺。


ランドセルをくれたのは、

その亡くなったおじちゃんやったらしい。



色んな複雑なものは絡んでるみたいやけど、6年間使ったランドセルはおじちゃんがくれたものやったと、おじちゃんが危篤状態の時におばあちゃんに聞かされた。



だから余計に思ってしまう。

親父に近い存在やったんかなぁって。



亡くなる前に妻と一緒に会いに行けて本当に良かった、

挨拶できてよかった。


話すのが少し難しい中、指で2ってしながら

『お似合いや』と言ってくれたよね。

嬉しかったなぁ。





万博で歌った姿も見せれた。

すごいびっくりした顔しながら、スマホに送ってくれ言うてたよな。

向こうでも聴いてくれてる?


実は俺等夫婦、すごい色々舞台出てるんやで、

もっと見せたかったなぁ。


お芝居も、今はお笑いも。


もっともっと、今のこと、知ってもらいたかったなぁ。  










おっちゃん、癌で凄い苦しかったよな。

けど、最後は安らかな顔やったね。

良かった。最後は苦しまなかったんかな?


おっちゃんありがとう。

こんな出来損ないに、期待をずっと持ってくれてありがとう。


俺等夫婦のこと祝福してくれてありがとう。


出会ってくれてありがとう。


安らかに眠ってね、おっちゃん。