心理的安全性の必要性、重要性を語られることは増えてきているなと感じるが

心理的安全性ってどう作るのか?

 

関係構築でひとが無意識でやってしまうのが

「我慢」「諦め」「妥協」

日本人は特に建前をするので

本音の部分ではどう思っているのかを考えると恐ろしくなる。

 

顔は笑顔でも腹の中はわからない。みんなフリして合わせて心の中であっかんべー。。。

そんな腹の探り合い、損得勘定はもういい加減つかれてくる。

 

そうなると、人間関係が希薄になり、他人に興味を持ちにくくなるし

合わない人とはあっという間に関係性を切っていき

人とどう関わればいいのかもわからなくなってくる。

 

みんな本音は誰も我慢なんかしたくないし

人の話なんか聞きたくもない

「うっせわ」状態

 

決して、誰かに従う人生ではなく

まして、お金の為に生きることも違う

 

でも諦めたくないし、一度きりの自分の人生楽しみたいし

仲間を作って一緒に過ごしたいのが夢としてあると思う

 

みんな誰だって人と仲良く楽しく生きていきたいと願い

誰かといがみあって、嫌いな人を増やしたいわけでわないと思う。

 

でもじゃあなぜその思った通りに行かない?

 

人間はそのカルマから抜けることができない。

 

なぜかというと。

 

主語述語がある言語では、名前をつけて表現をしたとたん

存在は本質を失い 境界線1本を引いて

脳が境界線を生み分離断絶してしまう言語だから

 

じゃあどうすすれば?

 

新しい言語 デジタル言語 1→5→1を使うことで

言語による感覚が変わって思考が変わるから行動も自然と変わっていく

 

この新しい言語を発見発明したのが21世紀悟り人・令和哲学者Noh Jesu氏です。

 

言語がかわり脳から心感覚にかわったとき

人類のプレートは大きく変わり

人類の進化も加速し

新しい新時代がはじまる!

 

SAMURAIが目覚めるとき(^o^)