ようやく腹痛が治まってきて一安心。日本食ってすばらしい!
さてトルコレポは現在作成中でしてもうしばらく時間がかかりそうなんですが、やっぱりトルコの話題を・・・
前回、あまりの胃腸の調子の悪さにグダグダでしたが、
トルコは本当にいいところでしたよ!!!
トルコに行った事を人が知ると大体こういう質問が来ます。
「世界3大料理の一つであるトルコ料理はどうだった?」
どうだった?と言われて私の感想を伝えるのは非常に難しいのですが、とりあえずトルコ料理は、やはり日本食とは大きく異なる食文化だったといえると思います。
料理にはその国の文化や風土が大きく表れます。
そういう意味では私が「トルコ料理は日本の料理とは大きく異なる」という感想を持ったのは、得てして「日本という国とトルコという国とは、風土はもちろん歩んできた歴史や文化が大きく異なる国である。」ということかもしれません。
まず、非常に肉料理が多いという特徴が挙げられると思います。
まず風土という面で考えると、四方を海で囲まれた日本と違い、トルコはユーラシアという大きな大陸の中の一つの国です。特に東側は中東に面しており、広大な平野が広がっています。
しかし、トルコは言わば半島ですし、海に接している地域もたくさんあるといえます。ですが実際には肉料理が非常に好まれ、イスタンブールの市場を見て回ったときも、非常に魚屋の規模は小さいものでした。国土の特徴に反して魚料理は非常に少ないと言えそうです。
しかし、これには十分に納得できる非常に興味深い理由がありまして、日本列島という国土にほぼ永住してきた日本人と、トルコ民族との歴史的背景の違いを大いに感じることができます。
つまりトルコに魚料理が少ないのはトルコ民族の歴史に大きく関係しています。
トルコ民族はもともと、中央アジア、あるいは中国の付近(西域)に住んでいた遊牧民が母体です。しかし世界史に興味がある方にはお分かりのように、「突厥」「エフタル」「ウイグル」などなど、中央アジアや中国近辺のシルクロードの要所は時代の移り変わり、覇権争いが非常に激しい地域でして、トルコ民族はその覇権の移り変わりのように様々な地域を渡り歩いた遊牧民の民族です。
9~10世紀に中央アジアから台頭してきたトルコ系の人々は、多くの王朝の存亡を繰り返しながら
セルジューク・トルコ朝 → オスマン・トルコ帝国
という大帝国が成立するわけです。
そして領地の拡大・縮小を繰り返しながら、最終的には現在のトルコと呼ばれている地域に落ち着いたというわけです。
こういった歴史的背景を考えると、トルコ料理にはかつて遊牧民だった頃の歴史が色濃く反映されており、羊料理などの肉料理が非常に多い反面、海の幸を使った料理が少ないのにも納得できます。
しかしだからといって海の幸をまったく使わないわけではなく、エーゲ海で取れた魚を調理したり、ムール貝などの貝類は非常に好まれています。
また主食はパンと米を両方使用しており、そのどちらもバリエーション豊かです。パンと米、この二つの材料からも、トルコという国がアジアとヨーロッパという2つの文化圏の境に位置していることを色濃く示しているといえそうです。
食事という一つの要素でも驚くことばかりです。やはり旅は楽しいものですね。
こんな感じでこれからもトルコのことを少しづつ掘り下げてゆくつもりですんで、ちょくちょく遊びに来てくださいね。
では今回はこの辺で・・・