いきなりの5泊6日。
さすがに30人規模の団体バスではなく、お客さん2人だけのプライベートツアーだった。会社的には「最悪でも2人からクレームがくるだけ。新人さんが慣れるのに最適な練習台」ということなのだろう。

「大丈夫よ」

女性マネージャーは明るく言った。

「最初は誰でも失敗するから」

問題はふたつ。

◎案内する場所の大半は行ったことすらない場所だ

ピラミッドとルクソールは(一回だけ)行ったが、その他のアレクサンドリアとアスワン、アブシンベル、シナイ山は未経験。どんなに本で知識を詰め込んだとしても、「文字と写真」という二次元情報と、実際の観光地という三次元空間は別物だ。

◎日程が長く、メッキがはがれそう・・・

もちろん「実は新人ガイドなんです」と言うこともできる。でもそれは許されない。年に一度の楽しみで海外旅行に来る二人だろう。自分同様、何年も思い続けてやっと実現したエジプト旅行かもしれない。そんな一生の思い出となるはずの6日間なのに、ガイドが「初めてなんですぅ」では申し訳ない。

そして、初仕事までの短期間、いったんアラビア語の勉強はストップ。遺跡や観光地に関する英語の本を買いまくり、辞書を引きながらガイド用のノートを作った。小心者ゆえ必死だ。遺跡の見取り図も書き写し、「壁上部にカデシュの戦い(ラムセス2世)の絵」などと朱書きしていった。アレクサンドリアは1泊2日で下見。その他の場所は、訪れたことがある人に話を聞き、頭の中で案内ルートのシミュレーションを何度も行った。

少人数の分、車中での雑談機会も増えるだろう。

「アスワンはさすがに暑いですね。カイロから何キロくらいですか?」
「思ったよりルクソールは小さな町で驚きました。
 人口ってどのくらいなんですか?」

そんな質問が来るかもしれない。インターネットがあったら何の苦もなく情報収集できたろうが、当時は人口を調べる方法もわからなかった。

そして迎えたツアー本番。
ジェントルで初対面で人柄のよさを感じる40過ぎくらいの二人。詳しくは書けないが、うち一人は「日本語より英語が得意」という人だったため、同行するエジプト人ガイドの説明がメインで、一夜漬けガイドの自分は半分ほどしかガイドをしなくて済んだ。ほっ。その代わり、エジプトでの暮らしぶりや、大家さん家族など身近なエジプト人の話などを聞かれるままに話し、添乗員のような役割に特化することにした。

別れるのが寂しく思えてしまうほど濃かった5日間は一瞬で過ぎた。最終日のホテルロビーで挨拶をすませた後、二人は目配せをし、自分の手にドルを握らせた。それは一日分のお給料ほどもあった。

「そ、そんな頂けないです! ほんと拙いガイドでしたし」
「いいの、受け取って。楽しませてもらったから、その気持ち。これからも頑張ってくださいね」

・・・もしかしたら・・・こんな自分でも・・・満足してもらえた?

今思えば、最初のお客さんとして最高の人達に出会った自分がラッキーだったのだが、それを契機に、ガイドという仕事にのめりこんでいった。