北京公安局k字牢(天安門事件リーダーの獄中180 日)
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原題 卑微与輝煌 台湾にて出版
高新(GAOXIN)
訳 田口佐紀子 徳間書房1993年9月1,800円
収監されたのは北京公安局看守所・通称k字牢と呼ばれる拘置所だった。高新の両手には“たが”と呼ばれる手錠がかけられ、食事はもちろん用便もままならない。
殺人犯や強盗、そして天安門の暴徒達が狭い獄舎にひしめく過酷な獄中生活。さらに拷問の恐怖・・・・
作者紹介
1955年 北京生まれ
1989年 北京師範大学の新聞「師大週報」の編集長を務めていたが
天安門事件6月4日血の日曜日事件に際して文芸評論家劉暁波
「四通コンピューター公司」部長周舵台湾のシンガーソグライ
ター候徳健とともにハンストを決行し逮捕 投獄された
(「中国の地の底で」 鄭義参照) 約半年間の投獄の後、渡米。
著書 [共産党エリート官僚の師弟」( 中国共産党“太子党“)
「高級幹部家庭の身上」( 高級家庭档案)
「朱鎔基評伝」「喬石評伝」
天安門事件(1989年)と文化人
1989年春、北京で民主化運動が始まる。
4月14日 鄭義は妻で文芸評論家の北明(ペイミン)と共に文化界の
仕事の為に山西省の省都太原より上京
15日 学生の民主化要求に理解を示していた湖耀邦(元共産党総書記)が
急逝。死をきっかけに民主化運動が一気に燃え上がった。
「私は革命家ではない。歴史の証人足らんとするひとりの作家に
過ぎない」と考えていた鄭義はまもなく学制や文化人達の要請
で民主化運動の有力な助言者となる
行動する作家・鄭義と呼ばれている
行動 5月10日 鄭義が提案し組織 青年作家・編集者による自転車デモ
13日 鄭義が提案し組織 文化界1000名による学生支援声明
17日 天安門1000万人デモ民主化運動は最高潮に達する
20日 共産党は北京に戒厳令を引く
21日 高新・劉暁波北京市高等学校天安門広場ハンスト団の宣伝車
にのりアナウンス「すごく感動的だ。中国にいつこんな場面
があった?」劉暁波
26日 鄭義は妻の北明と共にいったん太原に引き上げる
6月2日 6・2ハンスト宣言 高新・劉暁波・周舵・候徳健
3日 北京「血の日曜日」事件
4日 劉暁波・周舵・候徳健とともに大学生を組織して天安門広場
より逃げだ「 血の日曜日」事件を知った鄭義は太原から逃亡。
事件勃発により共産党政権より重要指名手配を受ける身となる。
座して秘密裏に逮捕される事を望まず、抵抗の為の逃亡
中国の地底に潜り、逃亡により共産党独裁支配に抗議すること
を選ぶ。