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               コスモスのブログ

                   レモングラス

    

    

     碁石持ちて「濡れ」拡がるを言いし娘よこの夏少し胸ふくらみぬ

     

    いのちのごと碁石に拡がる濡れ色は硬く荒れたる我の指より
















           


              



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       敗戦の国に幼くグミの持つ甘さ羨しみ震え盗りしか

    

      震えつつ盗りてグミの実ポケットに大方つぶれし紫陽花の季


      初夏の陽に内掛の裾ひきずりてかのままごとの母さんは嫁く

















                 
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                      枯れ紫陽花

                      横井妙子  

              さがらブックス 2004年5月2500円


    朱鷺色のリボン結びし薔薇ふいに送られて来し二十歳の夏

   

   リフォームに母の着物を解きゆけばちいさな継ぎが縫 いこめてあり

   

   美ら海の夕日の色に娘が織りし布は夜更けの壁に明るし  

   

   亡き義母の形見の腰紐締めるとき絹の手ざわりふんわりやさし

   

   引き出しに義父のたたみし下着あり一人暮らしの愚痴も言わずに



作者紹介

1943年    群馬県に生まれる

1980年    中野区職員となる

1985年    職員互助会短歌部「百日紅」で短歌をはじめる

1990年    新日本歌人協会に入る    

 現在      新日本婦人の会「あけぼの杉」(碓田のぼる指導)に所属・

         毎月東京都杉並区高円寺のセシオンにて歌会を開く



コスモスの独り言


横井さんはもう30年来の友人です。

私の息子はひらがなを知らぬまま(教えぬままカナ?)小学校に入学しました。

姉二人は幼稚園時代に友達の名前を靴箱に見つけ文字を覚えました。

自力で文字に気がつく・・・、それも仲よしの友達の名で覚えていく・・・

ワクワクする楽しさは一生に一度のもの。

 

残念ながら、息子は私たちの仕事の都合で幼稚園は3年間休業状態(?で)卒園した為か、

その時代は文字と友達に恵まれませんでした。

小学校でもうまく溶け込めず傍観者のようで隣 の女の子がノートまで書いてくれる始末。

そのうちかわいい顔の彼女はイライラして耳を引っ張ったり・・・・


でも家では留守番が多いためそれなり実力はある。

「ウインナーにカラシをつければお姉チャンに取られない

「バターで・卵を焼いたほうがサラダオイルより給食までお腹が空かない」

「ゼリーはふたをすると固まりがおそい・・・・」

忘れられない名言です。(親ばか)


よし!君はペンではなく、パンいや包丁デビューしよう!

同じ小学校のお母さん「横井さん」に出会ったのは、息子の夏季キャンプの見送りに行った時です。

勉強より生活体験を大切にする方で周りには沢山の働くお母さんがいました。


皆さん御近所で助け合い、残業で遅い時はよその子もわが子同然夕飯を食べさせたり、

お風呂に入れ、泊めたり、こんな打ちとけた人間らしい世界があるのかと・・・・

数組の家族旅行も楽しい思い出です。


横井さんの歌集のブログ写真はどんな花にしましょうか?

コツコツと努力を積み上げ縁の下の力持ち(でも一番の実力者)の彼女には

小さな「野の花」がふさわしいと思いましたが、

アレー!こんな歌を見つけましたそれで薔薇の写真にしました・


朱鷺色のリボン結びし薔薇ふいに送られて来し二十歳の夏


それから彼女の歌の特徴のひとつは「平和な社会」を願うはっきりとした信念・行動・仲間の

メッセージがあることです。


反戦のパッチワークに力こめ徴兵ノーと吾子の名を縫う

憲法にオゾンホールがあるようなその危うさをまた思いおり





     

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        亡命(Oustide hte GreatWall )

             ☆☆☆☆☆ 翰光(HanGuang)監督作品)

         長編ドキュメンタリー  カラーHDV118

         シグロ公式サイトwww.exile2010.asia/jp


2011521日より渋谷イメージフォーラムにて上映

  上映時間1045  2100   03-5766-0114


1989年64日の天安門事件から22

  彼らはなぜ国を離れなければならなかったのか?

 

なぜいまだ祖国に戻れないのか?
祖国とは何か。越境者が語る現代中国の実像

  彼らや彼女たちは今の中国とこれからの中国をどう見ているのか?

 亡命者たちの知恵、人柄、忍耐、そして希求する想いを知ることは、
  中国に対する我々の理解を深める大きな一助となるはずだ____________
  翰光 ( ハン ・グァン)  

義   作家 (※)アメリカ

    高行健  劇作家・画家

          2000年小説「霊山」でノーベル文学賞受賞  フランス

    王丹    天安門民主化運動の学生リーダー  アメリカ

    楊建利  政治活動家  アメリカ

    張伯笠  牧師      アメリカ

    胡平    政治評論家 現在アメリカの中国誌「北京の春」編集長

    黄翔    詩人     アメリカ

    徐文立   政治家   アメリカ

    馬徳昇   画家     フランス

    王克平   彫刻家   フランス

    陳遭平   小説家・劇作家  スエーデン

 監督紹介

 1958年   中国東北部生まれ
 1987年   留学生として来日
 1992年   「曽おばさんの海」ノンフィクション朝日ジャーナル大賞
 2000年   「チョンおばさんの国」初監督
         日本軍慰安婦として中国に連行された女性が故国の韓国

          へ帰るまでを描く
 2007年  「ガイサンシーとその姉妹たち」監督・出版

天安門事件と文化人 

    1989年春、北京で民主化運動が始まる。鄭義(※)は妻で

      文芸評論家の北明(ペイミン)と共に文化界の仕事の為に

     山西省の省都太原より上京
           4月15日  学生の民主化要求に理解を示していた湖耀邦(元共産党

         総書記)が急逝。死をきっかけに民主化運動が一気に

         燃え上がった。
           「私は革命家ではない。歴史の証人足らんとするひとりの

         作家に過ぎない」と考えていた鄭義はまもなく学制や文化

         人達の要請で民主化運動の有力な助言者となる
           行動する作家・鄭義と呼ばれている
   5月10日  鄭義が提案し組織 青年作家・編集者による自転車デモ

      13日 鄭義が提案し組織 文化界1000名による学生支援声明

      17日 天安門1000万人デモ民主化運動は最高潮に達する

      20日 共産党は北京に戒厳令を引く

      21日  高新・劉暁波北京市高等学校天安門広場ハンスト団の

           宣伝車にのりアナウンス

         「すごく感動的だ。中国にいつこんな場面があった?」劉暁波

     26日 鄭義は妻の北明と共にいったん太原に引き上げる

   6月 2日  62ハンスト宣言 高新・劉暁波・周舵・候徳健

      3 北京「血の日曜日」事件

      4日 劉暁波・周舵・候徳健とともに大学生を組織して天安門広場

         より逃げた

      

 「 血の日曜日」事件を知った鄭義は太原から逃亡。

 事件勃発により共産党政権より重要指名手配を受ける身となる。
 座して秘密裏に逮捕される事を望まず、抵抗の為の逃亡中国の地底に

潜り、逃亡により共産党独裁支配に抗議することを選ぶ。
 しかし19923月 鄭義は劉賓雁(アメリカ在住。鄭義のもっとも尊敬する     作家)の助言もあり「中国の地の底」の海外出版を望み香港に脱出。





















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席亭の夫はあしたも碁石を打つわが身の羽をおる鶴となり


碁石を置くひとつひとつが生活なる夫は羽をぬく鶴になる


繭になりあの世にゆくかこの頃は碁石持つ翁の笑顔透けゆく