政治的に謂う『保守』とは何ぞや? とか云々。 | つれづれなるまゝに

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狂ひたるモノ・侘助

ってな事を常々自問自答しておる。
以前にもそんな記事を書いた。
そのときは『中道』なんじゃねーの?
って事で落ち着いたんだが、どーも腑に落ちなくてな。

そもそも政治思想的には
右派・左派を問わず、
『この国、国民生活をより良い方向へ』ってのが根底にある。

個人が国家に帰属せざるを得ない現状の世界では、
『無国籍化』という価値観は許容できない。

自由主義・民主主義などの其々の国家の枠組みの中で
個人の持つ権利が制限付きではあるが
国家による権利の保障がされてるからこそ
個人はその枠組みの中で権利を行使できる。

『言論の自由』にしても『発する権利の保障』があっても
その後の『身辺の安全の保障がなされて無い国』ってのもある。

そういう意味じゃ
日本って国はかなり自由度が高く
諸般の権利が保障されていると思うんですがね。

日本という国家への帰属意識の無い、
または帰属して無い人々が
日本国内で政治的な事柄でも好き放題な事を言えるんですもの。

それは兎も角、
『保守』って何なのって事なんじゃがね。

結局思想の左右を問わず、『国家の維持・継続・発展の為に』
何らかの思考を廻らす事自体が『政治的保守思想』なんじゃないかと。

自民党内での呼称として捉えると意味合いは全く異なり、
単なる主導権争い、政争の為の呼称でしかなくなっちゃうんすケドね。

ま、『保守』を『国家の維持・継続・発展』って捉えた場合、
この価値観に相対するのは
『共産主義思想・グローバリズム・アナーキズム』
という事になる訳っすよ。

共産主義思想の場合、極端なトコでは『国家否定』になっちゃうし
そもそもが『時間』を否定した『机上の空論』でしかない。
時間を否定してるから成長もないんすよ。
この成長の無い世界の実現を行おうとしても
現実には時間と言うものがあるから、
結局その枠組み内のものは全てが『劣化』する。
だから共産思想を掲げた国々は
『社会主義体制⇒共産主義体制』
という理想が実現できなくて
『社会主義体制⇒開発独裁・軍事国家体制』
という経緯を踏む事になる。

一国共産主義の崩壊。

となると残るは全世界同時革命による共産化。
これこそが『グローバリズム』・『アナーキズム』と
融合し、現在の世界を一時期とはいえ覆った訳だ。
未だに蠢いてもいるし気が気でない。

で、『グローバリズム』に関しては
商業主義で極端な自由主義でもある。
その齎すものとは『淘汰された世界』であって
その淘汰された世界を正しいものとする価値観は
『アナーキズム』と結びつきやすい。
この極端な自由主義とは秩序の否定となり
あらゆる枠組みを拒否してもいる。
『通商の障壁』として
『立地条件』・『環境条件』・『文化的な価値観』をも否定し得る。

『グローバリズム』ってのは
ガラガラポンの秩序否定なんすよね。
即ち『アナーキズム』って事である。

無秩序であれば生存権の保障などあったもんじゃない。
…権利はあるよ。行使の自由もあるよ。
その後の生命の保障は無いよ。そんな状態。

個々の人々が自身の権利行使に伴う保障を求めるには
何らかの共同体に依拠せざるを得ないし、
弱者にとってはそれこそが命綱であったりもする。

であるからこそ
『右派・左派』問わず、権利の保障者として
国家の存在は大前提になるんである。

が、イマの日本国内では
この『国家否定』の『詐翼』な人達が
『革新』・『リベラル』として『左派』を詐称する為、

『国家の維持・継続・発展』を求める人々である『保守派』が
なぜか『右翼』に見立てられてしまっている。

そんな風に思う今日この頃である。
『政治的保守』は『右翼』じゃねーですよ。

日本の政治的な混乱の元凶ってのは
この『国家否定』の『詐翼』な連中。

日本のイメージダウンに余念が無い連中と言えば分かり易いっすね。

反体制がカッコイイと思うのは勝手だけどさ
その後の事どーすんだと。
単なる自己陶酔で終ってねーかぃ?

諫言をするのは素晴らしい行いだが
捏造・僭称・詐称・偽造などの虚構に基づいてちゃ
単なる『害悪』でしかないわい。



序でにな。
『天皇陛下』を『元首』とするのは構わんが
絶対に政治的責任に絡ませてはイカンであろう。
政治的責任をを負えば
それがいつ何時、責任の追及というカタチで
『皇室の存続に関わる事案』となるかという懸念が生まれる。

ま、国家元首と規定するなら、
『教育勅語の復活』はして頂きたいトコではあるな。

日本の場合、国家と天皇の存在は
歴史的経緯を踏まえ、『断ち切ることが出来ない』んである。
現状、『居ても居なくても変わらん』という人もいるが
ならば殊更廃絶する事もないし。

諸外国には
『国有財産=王室財産』なトコもあるから
『天皇』のような『君主』の存在は
便宜を図るという部分で交渉事の切り札ともなりえる。

『人付き合い』の上で
『共有する価値観の有無』ってのは重要なんすよ。
これは『国家間の外交』も同様であろう。

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