誰しも少なからず世の中に対して
『こーだったらいいのに』ってな理想を持ってると思う。
『夢』と表現してもいいかな。
ドラえもんの歌みたいな感じでさ。
でも、中には『こーあるべきだ』という理想を持ってる人も居る。
オイラとしては『こーあるべき』ってな理想を語る人とは
お近付きになりたくないんすよ。
『べき論』ってのは強迫観念でしかない。
現実を軽視して理想を実現化しようとする強迫観念じゃな。
強迫観念じゃし、やたらと行動力に溢れてる。
そんでもって潔癖・排他・完全主義に染まり易くもある。
単に自己中心的なだけなんだけど
この『溢れんばかりの行動力』が理想を共にする人達を魅了する要素ともなる。
理想が異なる人にとっちゃ
『べき論』側から排除される訳じゃな。
右も左も極まってしまえば
潔癖・排他・完全主義な『同じ穴の狢』。
オイラ自身『べき論』に嵌り込んじゃった時期がある訳だけど、
目の前の現実を受け止める事が出来ないと
どんどん自らの器を小さくしてしまうんだよね。
器が小さければ排他的になるのも道理ってなもんですわ。
世の中ってのは結局『ごった煮』状態なんだけど
集団を構築する枠組みってものには
その『ごった煮』を許容できる器の大きさが求められてる訳だーな。
その最大の枠組みってのが国家になる。
帰属意識の無い人達や『べき論』の人達ってのは
国家と云う名の鍋で作る『ごった煮』の香辛料のような感じ。
入れ過ぎた香辛料ってのは
自己主張がやたら強く、その他の存在を消し去ってしまうん。
素材の味は大事だし調味も重要だよねー。
スパイスは程々で充分っすなー。
…腹減ってきたぞ。
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