181、墓洗ふお前はすでに死んでゐる

まだ実感を持てないでいる友人の死を墓を洗うことで自分に言い聞かせているようだ。俺はまだ死ねずにいるよ。

 

182、秋澄めり神社の隅の飲めない水

神社の参拝前に手水舎で口を濯ぐことだろうか。秋の爽やかな空気と神社の清らかな雰囲気に対して、飲めない水とのギャップが面白い。

 

183、月ぐらゐ行ける時代の月見かな

1969年にアポロ11号が有人の月面着陸に初めて成功して以来、1972年まで12人が月の土を踏んだ。それから現在まで40年以上、月に行った人類はいない。確かに月は身近になったが、まだまだ遠くて美しい。

 

184、長靴に冷凍マグロ飛んで来る

卸売市場では冷凍マグロを床を滑らせて移動させるらしい。そういえばそんなネタのコントをする芸人がいたな。

 

185、キンモクセイのある道を避け精神科

精神科への通院は気が重い。感覚が過敏な時はキンモクセイの甘いような強い香りを気持ち悪く感じてしまうのだろう。吐きそうなほどに。

 

186、妹の綽名が香川体育祭

なんのこっちゃ。

 

187、いま踏んでゐるのが地獄の釜の蓋

地獄の釜の蓋はキランソウの別名で地面を這うように葉が広がり紫の花をつける。そもそも地獄の釜とは地獄の鬼が罪人を茹でるための釜だと伝えられている。

 

188、祖母の香のするストーブの焚きはじめ

誰かが大切にしていたものには、その人の匂いや思い出が染みついているものだ。ストーブを点けたときの埃が微かに焼けたような匂い。その匂いに祖母の面影を感じている。

 

189、臆病な心に届くスープかな

臆病な自分を素直に受け入れた時、出されたスープの温かさが心にしみる。コーンポタージュであってほしい。

 

190、男泣き冬満月を奮へさす

男が感情を抑えきれないとき、その涙は冬の満月をも奮わせる。この「奮」を使うことで心の奮え、気持ちの高ぶりを意識させる。