「桃太郎」という題名には少し驚かされたが、句集の色合いは作者のイメージと近いものがあった。勉強会「空の会」の幹事である彼女は、ずいぶんご無沙汰で失礼ばかりしている私にも、毎回必ずお誘いの手紙を送ってくれる。

 

雲の峯ひとりの離叛ゆるさずに

雲の峯あるべきやうにつひえさる

 

「あなたの好きな俳句作品をひとつだけ挙げてください。」と問われれば、私は迷わず「峯雲の贅肉ロダンなら削る  山口誓子」と答える。初学の頃、写経のように誓子の句を書き留めて俳句の型を身につけようとしていた。そのなかで出合った作品。加田由美の作品に登場する雲の峯も強さと儚さを同時に備える存在として描かれており、単なる背景としての雲の峯を超えている。それは「桃太郎」の強さと句集の淡い色合いの取り合わせに似ている。

 

秋の暮バックネットのうしろは海

夏潮の沖遊郭の二階から

 

雲の峯とは対照的に、彼女の描く海は控えめ。背景として存在感は出しつつも、強く主張することなく、省略された登場人物を支えている。

 

ゆつくりと夕日ののぼる雛の段

寒卵明けのひかりに下駄おろす

 

彼女は光に敏感なのかもしれない。夕日が沈むにつれて、西の部屋を照らす夕日の光は雛の段をのぼってゆく。その光は思い出にも通じる。光の動きは時間、光の輝きは記憶。雲の峯も海も、確かに光を備えている。そういえば、あとがきに祖母との思い出が記されていたな。加田由美にとって「桃太郎」は思い出で編んだマフラーのようなものかもしれない。

 

 

◆◆その他の共鳴句◆◆

 

玉蟲を掌にせり蟻の群れはらひ

たちまちに減る向日葵の瓶の水

帯直しやる七夕の橋の上

捨子猫縞太きこと見てすぎる

宵祭すがりゐし手のすりかはる

夕焼けに手を振るかなはぬものへ振る

母の許へ母の許へと落葉する

忘年会ちひさな声に耳たてて

ラヂオ途切れる冷蔵庫開けるたび

福助のわらはぬまなこひきがえる

バスを待つ美術教師の半ズボン

剪りとりて牡丹さかさにさげゆける

牡丹やつかまり立ちの手を放す

 

 

【執筆者紹介】

三木基史(みき・もとし)

1974年 兵庫県宝塚市生まれ 在住
「樫」所属 森田智子に師事 現代俳句協会会員
第26回現代俳句新人賞 共著「関西俳句なう」

関西現代俳句協会青年部長 2013年4月~2016年3月

松山俳句甲子園実行委員会関西支部事務局担当 2016年~