【嫌い嫌いも好きのうち】
けたたましくなるアラーム。私は寝ぼけて思わずいつもの癖。
「ネコちゃん」
なんて。呼んで手を伸ばす。
「ハナさん?」
いつものように少し語尾が上がる優しい声。はたと目が覚める。でも二日酔い。
あぁ、これが素敵なリゾートホテルの一室で太陽の光を燦々と浴びた一室ならば、もう死んでもいいのに…と思いながら私は二日酔いで死にそうな体を起こす。
「ここはどこ?」
「納屋橋です」
絶望のテーブルセットで彼は優しく笑う。
どうして怒らないんだろう……。
お門違いな疑問が浮かぶ私。
「頭痛くないですか?」
と、あくまでも私の体調を慮る。
本当、「おひとよし」すぎる。でもそんな軽口もたたけやしない。
「ねぇ、元気になる飲み物ない?」
精一杯の返答だ。
「出て、元気になるもの買いましょう」
と、やっぱり『仏』で「おひとよし」な答え。でも、私は自分の醜態を二日酔いでごまかそうとしちゃう。どっちが大人なんだか……。
さすがに
「手をつなごう」
とは言えない空気。
私たちはホテルを出て、少し歩いたところでチェーン店ではないコンビニを見つけて入った。私は元気になりそうなやつと、紫色の野菜ジュースを買い、彼はソルマックみたいな感じのをそれぞれ買って、表で離れて飲んだ。
それが効いたのかどうか、分からないけれど、納屋橋から名古屋駅間を二人で、昨日の事には一切触れずに絶え間なくおしゃべりを楽しんだ。
これがただの朝の散歩ならば良かったけれど。
乗り込んだ地下鉄の中でも同じ空気で、相変わらず
「じゃあね」
と、手をふる私に軽く頭を下げて電車を降りた彼。一気に力が抜ける私。
ため息とともに携帯を鞄から出そうと……。
ない。
携帯がない。
鞄の中身を引っかき回しても、ない。
あぁ、ホテルだぁ!
アラームを止めたままベッドの淵に置きっぱなし。余裕のない私。確認もしないで!
もうっ。何してるんだか!!
家に帰る。家人の冷たい視線はそのまま無視し、部屋で慌てて着替えて化粧をざっと直す。そして、まだ眠る姉の枕元で、
「教室に送ってって!しかも、携帯忘れたから淳に電話して!」
なんてつじつま合わないけどゆり起す。
とにもかくにも、書道展の手本は無事手に入れ、今は教室の表で淳を待つ。
乾いた空気がしんみり私の二日酔いにちくちくととげをさす。
でもちくちくしているのは、二日酔いじゃなくて、私の絶望にだと思う。
たまたま買い物の約束をしていた淳。本当は家に帰ってから一緒に出かけるつもりだったけど。
何て説明したらいいんだろう。
というか、ここまできて本当の事が言えない私。
本当の事を言えばいいけれど、何かをごまかそうとして言い訳を考えている。しかも巧妙なやつ。
巧妙な嘘というのは、真実の中に一つか二つだけ嘘をついて、あとは全部本当ってやつを言うと私は思う。嘘率が上がるほど、もうそれは明らかな嘘でしかなく、つかれた方は大人であればあるほど、「騙されてやるか」なんて思えるのだけれど。私は私を想ってくれている淳の気持ちを知っているから、どうにかして巧妙な嘘をつきたいと思っている。
けれど、何も行動に嘘はない。やましさも何もない。本当はその方が嬉しいけれど…。
ただ、淳に隠したいのは、本当の私の気持ちなのだ。
藤野氏の事を大切に感じている心を知られたくない。知られて淳を失くすのが嫌なのだ。一体、どこまで自分は愚かなのだろうと思う。
自分が想ってもいない男子でも、自分を想ってくれているのであれば大切にされたいと欲張る。どちらにもつかず、曖昧で適当で、遊び人風情を装い、知らず知らずにきっと傷つけてしまう。そして、もしかしたら今回の件だって、いくら巧妙に嘘をつけたとしても淳にはばれてしまうんだろう。
そこまで思ってしても、結局、私は私なりの巧妙な嘘をついた。
「大変!大変!ホテルに忘れ物!」
っていきなり勢いよくいくのも作戦。
「何、どうした?何があったんかちゃんと言わんと!」
「あのね、あのね」
「落ち着けって」
そこで見せる笑顔も計算済み。そして私もやんちゃに笑う。これも計算。
「昨日、やらかしちゃって。会社の子、困らせちゃったん」
「どうゆうこと?」
少しもったいぶるところが私らしい。
「こんなん言ったら、軽蔑されるし…」
と、じれてみる。
「ハナちゃんの酔っ払いの醜態はもう聞きあきたって!言ってみ?」
なんて、優しいのも知ってる。
「書道展のパーティで調子のって飲んで、名駅近くに住んでる仲いい会社の子呼んで飲んで、相変わらず失態やっちゃったさ。でもって、つぶれた私ホテルで寝かせてくれたんまではいいけど、今朝慌てて携帯置いて出ちゃったわ!」
これが私の巧妙。
「しょうのないやっちゃ!」
と言いながらホテル探しへ快く車を走らせる淳。
携帯はホテルにあった。
私は、ホテルで確認の為にフロントで少し待つ間に回りを見渡す。ほんの数時間前には私は藤野氏とここにいたんだな。なんて。もう夢の中の話みたい。
携帯があった事でほっとしたのか、藤野氏と飲んだ元気の出るドリンク効果が切れたのか、私は淳の車の中でまたもや吐き気を催す。
胃酸がぐぐぐって。たいがいの事、我慢できるけど、今回は勘弁。
「気持ち悪い。止めて!」
なんて言って、側道で吐く。
本当、最低。一緒に買って、一緒に並んで歩いて飲んだ紫色の野菜ジュースがまるっと消化されることなく押し出された。
まるで、こんな出来そこないの私をはじく藤野氏の心みたいに感じて億劫になる。
淳は優しくて臆病な男だから、その私の巧妙に付き合ってくれる。
私が淳の前で吐いてしまった事も笑いのネタのようにちゃらかして言うから、私もついついまた気楽になってしまう。
こんな緊張感のない男だからこそ、足にも使い、巧妙を用いてまでも手の中に置いておきたくなる。
ずるい私。ようく分かっている。
本当に臆病なのは自分なのだと。
惚れたはれたのは旬のもん。なんていつも言っているが、それはただの遊び人気取りな体でしかなく、本当に恋愛にどっぷりと浸かってしまうのが怖いのだ。
本当は嫉妬深く、嫌なオンナなのに、それを認めるのが怖い。自分が本気にならなければいつだって優位に立っていられる。
恋に夢中になるなんて、若い子がやるもので、いい年した大人にもなれば利益損益で計算してあたかもオトナみたいな分かった風。
でも、本当はそんなん虚しいって知ってる。認めたくなくて頑張ってるけど。
続く……