日本シェパード犬協会が社団法人化して帝国軍用犬協会との大規模抗争が勃発した昭和10年。

日本犬協会が設立されて日本犬保存会との東西抗争が勃発した昭和10年。

なにかと慌ただしかった昭和10年の日本犬界事情についてご紹介します。

※ちなみにこの当時、有坂大尉は帝国軍用犬協会から日本シェパード犬協会にヘッドハントされる前でした。

 

「犬界よ正しく伸びよ・犬界時事檢討の集ひ」より

 

出席者

帝国軍用犬協会理事 有坂光威騎兵大尉

帝国軍用犬協会副会長 坂本健吉騎兵少将(予備役)

帝国軍用犬協会理事 永田秀吉

エアデール協会理事長 中元銀弘

日本犬保存会理事 平岩米吉

主催 白木正光

 

【本會合の使命】

白木

お暑いさ中を御参集下さいまして、有難たうございます。まづこの集りの趣旨から申上げたいと存じますが、近來犬界の進歩は目覺ましいものがあり、着々として發展の一路を辿つてをります。

しかし更にこれが正しき向上を計るためには適當な指導が必要であると考へ、犬界の代表者であり、且は又穏健中庸の思想を抱いてをられる方々にお集りを願つて、毎月會合を開き、指導的立場から、犬界の時事問題を批判して頂き、その御意見を本紙なり、又は他の發表機關を通じて公表し、もつて犬界に貢献したいと存じます。

生憎今晩は旅行その他不参の方が多數でしたが、目下の所では帝犬、JSV、日本犬保存會、エアデール協會、ワイヤー倶樂部、コリー倶樂部、獵犬の幹部で有志の方々の承諾を得た次第であります。

將來は更にメンバーを増やして行きたいと考へてをります。

なほ意見をどういふ風にまとめて行くか、それもこゝで協議して頂きたいのです。

有坂さん、如何です、何か具體的時事問題の御提出を願はれませんか。

有坂

最初のことではあり、そちらから題目を出して頂けませんか。その中にはいくらも問題が出て來ると思ひます。

白木

問題は山積してゐます。

永田

まづ犬界とは何ぞやを決める必要はないのですか。又如何なる標準のもとに集りを開くかが漠然としてゐる。今は穏健な人でも、將來尖鋭化したら、オミツトされるんですな(笑聲)。

有坂

會の趣旨は至極よいと思ふ。各會の融和連絡にも役立ちはしないか。

永田

犬種が違ふと、他の好みを考へに入れないといふことは有勝ちなことですが、又お互に相通ずる點もあるのだから、その通ずる點で、互に話し合ひ、見聞をひろくすることはよい。

相通ずる點を外にして、通じない點で接するから、悶着も起れば、排他も生じ、爭ひも起つて來る―。

中元

その點でかつての犬話會はよかつたですね。

平岩

さうでした。あれは自由だからよかつた。

有坂

この會合も犬話會のやうにしたらどうです。この集りも結局犬界合理化に資するのだから、それに適はしい會名は何かないですか。さしあたり犬の研究會とか―。

中元

何しろ犬には愛玩犬あり、作業犬ありで、色々ですから、共通點もあるが、その方は棚に上げがちです―。

有坂

シエパードの方にはさういつた氣味がないではありませんね。これはステフアニツツ(※当時の有坂大尉はシュテファニッツの著作を邦訳中でした)の思想から來てゐるのではないかと思ふ。

排他、國粋思想と云つたものが流れ込んで自然さうなつたのではないですか。

それにシエパードの人は研究に熱心で、他を顧みる餘裕がない。

他の犬はシエパード程に研究が積んでないと云ふ誇り―、こんなことも手傳つてさうなるのでせう。

私、ポインターを飼つてゐて仔を産みましたが子供一頭は京野(兵右衛門)氏が秋田へ持つて行つて、獵犬にするのださうです。

どの犬種も融和出來ないことはないと思ふ。

 

(次回へ続く)

 

ちなみに京野兵右衛門氏(日本犬保存会および土佐犬普及会メンバー)が秋田県で「東北一の猟犬」を自慢したところ、現地の猟犬系秋田犬協会(アキタランドケネル)が猛反発。「誇大広告だ!実際の狩猟で勝負しろ」と挑戦状を叩きつける騒ぎになっています。

これに日本犬保存会が下品極まりないアンサーを返したことで事態が悪化。札幌のアイヌ犬保存会と共闘したアキタランドケネルと日本犬保存会の抗争へ発展いたしました。