ボルゾイらしきロシア犬は明治時代から来日していたものの、確実な記録は大正元年の東京朝日新聞に掲載された「ロシアン・ウルフドッグ（ボルゾイ）、パグ、イングリッシュセッター」の来日記事でしょう。
これらのボルゾイはタバコ王こと村井吉兵衛氏の愛犬となり、大正2年には繁殖にも成功。やがて各地の資産家へ譲られ、愛好家も増えていきました。
美保関事件で知られる加藤寛治海軍大佐（後の海軍大将）がセントバーナードを輸入していた話も載っていますが、彼がイギリスに駐在していたのは明治40年と明治42年。八甲田山遭難事件の救助活動にセントバーナードが投入された数年後のことです。
村井家のボルゾイたち
本場の佛、英、米では牡牛犬（※ブルドッグ）が稍下火になつて、羊の化物のやうなボルゾイと、鹿の兒に似たグレハウンドの婉嫋（きゃしゃ）な姿が貴婦人界に持囃され、男がステツキを携へる程の格で講演を散歩の時などは必らず連れ歩き、夕方の公園は期せずして品評會が開かれる如な流行だといふ。
日本では向島の村井氏が輸入して蕃殖を企てたが、グレハウンドの方は牡が死んだ。
先頃同氏が犬を全部手放す事になつて、兒牝ボルゾイは深川の久保田氏と原宿の伊達氏の手に入つた。純粋のグレハウンド種は古河氏の所に三頭ゐるのと、北白川宮邸に飼はれてゐる黑色のが有名である。
先頃三島子爵が伊吹艦長加藤（寛治）大佐鎌倉の邸から譲り受けたセントベルナード種のプリンス君は、先月の或朝逃げ出して玉川向ふまで行き、菊屋と云ふ料理店に繋がれて居るのを新聞廣告で見た人が知らして來たので、自動車で伴れ歸つた。
此犬の兄弟は加藤大佐が英國から五頭つれて來て現外相や郵船會社の加藤氏に分けたが、皆な死んで仕舞つた。
西尾男爵のスモークセントバーナードも自慢の巨犬である。例の村井氏のセントバーナードは昨今ひどい皮膚病で弱つてゐる。
『獵犬』より