新聞を讀み、雑誌を讀み、今度の事變で、犬に關するニユース、記録、文學作品をあつめてゐる私は、はからずも、次のやうな歌を見附けた。
 
前線に着きたる見れば背に腹に
軍用犬は彈丸袋持つ
背につけし彈丸袋取ると一兵の
寄るとき犬は尾を振りにけり
―うれしさの極まるときの愛情に
犬は兵士の頬を嘗めたり
 
黑瀬正季といふ人がニユース映畫を見て作つたものだが、今回の事變で、犬について文藝表現をした作の最初のやうな氣がされる。
みんな、大きいところにばかり目をつけてゐて、犬が目につかないからだ。
この三首の和歌は、戰場に於いて、犬が、偵察ばかりでなく特務兵にもなつてゐる事をしらしてくれる。そして任務を遂行し得ると、人間ならば「萬歳」といふところの欣快を、振りまくる尻尾で、ペロリと兵の頬をなめる長い舌で、感情をぶちまけてゐる。
戰場の犬を作品とする時、ずつと昔、その犬名を末代にのこした滿洲事變の際の故板倉少佐の愛犬「那智」「金剛」二犬の戰死事件のやうに完成され切つたものより、かうした犬の特務兵がよい材料だらうと考へられる。
もつとも、今度の支那事變で、去年の保定攻略戰で戰死したエアデール・テリアのブリアン號(献納者、九州小倉市野上氏)の事は、それに悦子さんといふ童女が、丁度、アンドレエフ作の「殘された犬」のレルヤといふ少女のやうに、事件に出て來るので、これは、可憐に描けさうだ。
境町小學校で、先生が受持五年生に作文を作らせた。
すると悦子さんが「ブリアンの死」といふのを書いた。ブリアンは出征の池田部隊に軍用犬が足りないときいて、父、野上氏が、献納する事にしたのだといふ。
ブリアン號は偵察に働いたか、彈丸運びをしたか、何れにしても根かぎり働き、つひに戰死し、その首環と、遺髪とか、野上家に本年五月おくりとどけられた。
悦子さんはそれを書いた。
東京では、少女正子の「綴方教室」が、本にもなり芝居にもなり、映畫にもなつて大當りだが、國策の線からいへば、この「ブリアン號と少女」の方がずつといい仕事となりはしないであらうか。
賛成してもらへないものか。
九州到津の動物園では、悦子さんの悲しみに同情し、ブリアン號の忠烈をしのび、同じく戰死のアシカ號とともに慰靈祭を擧行した。
エアデール・テリア種は、今年の春、相州鎌倉山の中村伴郎氏の家で見た。オーステンド號といふ名の犬だつた。
シエパード犬同様勇敢な犬にちがひなかつた。下駄でも、靴下でも、そこらのもの、土をほつて埋めて了ふので、女中さんがこぼしてゐた。
エアデール・テリア種を見てゐるので、ブリアン號の姿への想像もつく。
ブリアン號も、閑があると戰地で、きつと、汚ないものを土を掘つて、埋めて歩いたらう……。

 

『愛犬随筆・戰爭と犬(昭和13年)』より