此頃傳へられるニユースに依れば、滿洲に於て競犬場が設けられるさうである。
犬の競走に出られる犬はホイペツトかグレーハウンドであるが、ホイペツトは我國へ余り多く來て居ないから、グレーハウンドに就て、少しく昭和八年度の消長を調べて見ることにする。
グレーハウンドが我國へ來たのは、洋犬種が輸入された當初からであつたと見て差支なからう。随て此犬種は相當に我國にも蕃殖されて居る。が、此犬種はボルゾイに比して優美の質に欠けて居ると云つて、之ぞと謂ふべき用途も今迄の所では我國に於て見出されて居ない。
其故に一部の變態性を好む人達以外には進んで此犬種を愛養するものが段々少くなり、随つて犬の數も追々に減じて、昨年などは殖へると謂ふよりは寧ろ少くなつたと見るべきであつたやうである。
所が今度、滿洲國に於て競犬場が出來ると云ふ聲が一度傳はるや、猝に彼グレーハウンドの買占めを企てるものさへ現はれて、昭和九年は尠くとも彼グレーハウンドの幾分の進出を示すべき年であるかに考へる。
尤も滿洲に競犬場を設けようと企てゝ居る人達は皇國軍犬競走場と銘打つて會員を募集して居る所から見ると、その競走に用ふる犬種は所謂軍用犬―、シエパード、ドーベルマン、エアデールの類で、案外グレーハウンドは用ゐないのかも知れない。
若し然うであつたら、グレーハウンドの買占めなどを企て居る人は結局馬鹿を見ることゝなるかも知れない。
 

淺黄頭巾『昭和八年の犬界を顧みる』より

 

帝國ノ犬達-犬競馬

文中にある「皇國軍犬競走場」とはコレのことでしょうか?

 

満州国のドッグレース事業は、浅黄氏の推察どおりとなりました。国内でのドッグレース事業は公認されることなく、滿洲賽犬(ドッグレース)も滿洲軍用犬協会が牛耳ることとなり、グレーハウンドの出番はありませんでした。

以降も国内の飼育頭数も増加に転じることはなく、昭和10年の東京エリアで飼育登録されたグレイハウンドは23頭のみ。昭和12年には上海のドッグレースが兵庫県で出張開催されたものの、それが最初で最後となりました。

 

犬 

兵庫県で開催されたドッグレース。レース終了後は上海に連れ帰ることなく、グレイハウンドたちは日本で売却されました(昭和12年)。

 

帝國ノ犬達-犬票 

滿洲軍用犬協会によるドッグレース事業は、シェパードが中心となっています。