千葉さんは安樂食堂の御主人である。奥さんと御二人とも犬好きなので有名な人。

土佐白斑の牡、四歳、光號。二尺位のを曳いて、今日も四聯隊へ面會へ行つて來たと云はれる。

どなたにと云ふと、此の犬の主人へ、此の犬を面會させに行つて來たのだと云はれる。よく聞くと、それは曾つて氏が、古川の淺野さんと云ふ人へやられたのが、今回の召集で淺野上等兵は入營した。

其のために一時預つたが、犬が會ひたがつて困る。兵隊さんさへ見ると遮二無二綱を曳つ張つて行つては、皆一人〃の匂ほひを嗅いで歩いて困る。そして、街のうち、祝入營や祝出征の旗が並んだ處へ行くと、又そこらの匂ほいを嗅ぎ廻つて動かない。

それは曾つて、淺野上等兵が出征の時も旗を立てたからだ。それで、千葉さんは、犬の心が可愛さうでならないから、今日も一日を潰ぶして面會に行つて來たのだと云はれる。なんと犬の面會美談ではないか。

 

『仙臺市内愛犬家を訪ねて・石名坂千葉正衛氏の巻』より 昭和13年