北七番街の寓居を訪へば玄關に小型の釣鐘あり。訪ふものは是を叩けと云ふ譯である。

カンカーン、いゝ鳴りだ。

通された處が虎や熊の皮を敷き詰めた應接室。

「日本犬をお持ちださうで……」

「えゝ柴犬です。信州飛彈境の本場から取り寄せたものです。それにアイヌ犬が一頭……」

「特に柴犬をお飼ひになる動機は?」

「私は、柴犬を以て軍犬に仕立てやうと云ふやうな考へからです。つまり純粋日本犬を以て日本の軍用犬としたいやうな考へですよ」

「性能はどう云ふ風なものでしやうか?」

「頗る鋭敏で、そして勇敢です」

「そこが軍用犬に向く譯ですね。秋田犬なんかどうでしやうか?」

「えゝでしようけれども、秋田には純粋秋田犬は或る一部分にしか居らないやうです。秋田の北部より中部に純粋種がゐるぢやないかと思ひますが、何しろ、仔犬で一頭百何十圓などと云ひますので控へて、柴犬を取つて見ました。それもなるべく純粋種をと、信州飛彈方面の山奥からまで尋ねて取りました。

私は此の柴犬が仔を生んだら、ほんとうに愛して下さる人なら金子なんか取らなくても又はほんとうの實費でもお預けして上げたいと考へてゐます。云々……」

 

『仙臺市内愛犬家を訪ねて・退役陸軍少將佐藤信亮氏の巻』より 昭和13年