「犬釣り」「猫釣り」と呼ばれるペット泥棒は明治時代から跳梁跋扈していました。大抵は医療機関へ実験動物として転売するか、毛皮が目当ての犯行だったとか。

三味線用に盗んだネコは公衆便所の個室で皮を剥ぎ、肉は便槽へ投棄(彼らは「手術室」と呼んでいました)。犬は自宅へ連れ帰って皮を剥ぎ、肉はアヤシゲな焼き鳥屋台へ売り払っていました。

珍しい洋犬の場合は、飼主の捜索願が出されたのを見計らって「善意の迷子犬発見者」として登場。謝礼をせしめる知能犯も出現しています。

警察側も検挙にあたりますが、警察から野犬駆除を委託された業者が裏でペット泥棒に励んでいたケースまであって、根絶には至っていません。

戦前は警察が畜犬行政を管轄しておりましたので (昭和25年に厚生省が制定した狂犬病予防法により、戦後は保健所へ業務移管) 、ペット飼育についても警察が指導する立場にありました。

今回は、警視廳衛生部犬の相談主任であった荒木獣医師のお話を(狂犬病対策のため、戦前は警察に獣医さんがいました)。

 

 

近頃犬の盗難が頻々として行はれてゐるので、愛犬家は大なる恐慌を來してゐる事と思はれます。その結果愛犬家の中には警察署に頼んだ丈けでは、何だかものたらぬと言ふので、警視廳の相談所に捜索を依頼に來ると言ふ人も段々と殖えて参りました。

 

・盗難の第一歩

犬は發情しますと好く行衛不明になることがありまして、五日も十日も歸つて來ないことがあります。そして發情が終りますと顔や肢に咬傷などを受けて歸つて來る。

斯様なことが度々重なりますと、遂には飼主の方も油断が出まして、今に歸つて來るだろうと思つてゐると、今度は歸つて來ない。そして盗まれたか、野犬として捕えられたかと不審を抱いて始めて警察署に捜索を願出る。然し其時はもう手配遅れであつたと言ふ例が屢々あります。

然し警視廳の野犬捕獲人夫に捕へられた場合ならば、警視廳管下に三ヶ所ある野犬の繋留場(荒川區三河島町八丁目、武田化製場、同町八丁目、山口化製場、板橋區中新井町四丁目、岩瀬化製場)に三日間は繋留してありますから、其期間内ならば野犬狩に捕へられたのか確かめることが容易であり、若し警視廳で捕へてあれば、畜主に返還することにしてゐるのでありますから、手配遅れにならぬやう、速やかになさることが肝要であります(続く)。

 

警視廳衛生部獣醫課・犬の相談主任 荒木芳藏『近頃被害の多い畜犬の盗難豫防』より 昭和9年