1、昭和十六年度犬界に於ける最大の印象

(Ⅰ)KV・JSV・日保を中心とする畜犬團體の統合、単一强力軍犬報國團體の創設への動き―特に、これに對する一般愛犬家の無條件的賛成と熱望の强力なりしに拘らず、創設の日の見通しもつかずに昭和十六年を送らねばならぬ事實に對する憤激にちかい氣持!

日保第十回展の盛會―特に大型の體型並量の躍進的向上増加、中型の質的安定感、小型出陳數特に作出犬の増加。決戰體制下日本の(Ⅱ)本來の犬たる日本犬が、愈々時局的奉公に進出せんとする秋、かかる傾向を見ることのできた悦び。これは日保全會員の悦びであつたでせう。

 

2、昭和十七年の貴犬舎の計劃

年々つづけて参つた日本犬小型の作出へ邁進します。十六年度には前年度の準推奨犬の仔が推奨犬となり、他に小生犬舎作出乃至犬舎血統關係犬が四頭準推奨となりました。本年は昨年一月に發表した、小生犬舎作出犬と山陰系統乃至四國系統犬との交配による作出犬を數頭出陳させて批評を仰ぐことの實現ができることと思ひます。

軍犬としての日本犬大型・中型犬の育成、中型犬に對する關心等々も心にかかつてゐますが、今年は小犬舎としては人手もないし、小生關係事業多忙のため實行できますまい。

 

3、犬界の新體制的發展の具體的方法手段等

単一的畜犬報國團體の創設は日本にある總ての犬並に愛犬家に課せられた緊急な當面の問題です。世の愛犬家に些かの異議はないのです。

既存の各畜犬團體の指導者は、この下から盛り上がつてきてゐる一般會員並に愛犬家の熱誠な要望に答へるため、各自小さな自我を一擲して協力すること。それを促進するための一般會員の創設促進聯盟等による活溌な活動が必要ではないでせうか。

 

東京 日本犬保存会 中城龍雄 『前年度の犬界印象その他』より

 
帝国軍用犬協会・日本シェパード犬協会・日本犬保存会の連合による「国家の役に立つ犬種の統制」を目的とした戦時犬界統制機関の設立(ナチスドイツのRDHをイメージしたものでしょう)。これは一部の過激な主張ではなく、戦時下における犬界関係者の一般的な意見でありました。

「日本犬は戦争で多大な被害を受けた」という日本犬関係者の主張は、正しくもあり間違ってもいます。日本犬保存会・日本犬協会とも、「戦争反対」ではなく「他犬種はどうなってもいい、国家の誇りである日本犬だけは護れ」「日本犬も軍事利用せよ」と戦時体制に迎合することで保身をはかったのです(善し悪しの話ではなく、あの時代の畜犬団体はそうしなければ生き残れませんでした)。

そうこうしているうちに、日本社会は犬全体を「非常時に無駄飯を食む国家の敵」と見做してしまいました。一枚岩になれなかった戦時犬界は組織的抵抗の術を喪い、各個撃破された末に昭和19年末の畜犬献納運動を迎えるのです。

善悪の構図で語られる近代日本畜犬史は、歴史解説ではなく「都合よく脚色された歴史小説」の類に過ぎません。