東京視点で語られがちな日本犬界史ですが、当然ながら愛犬家は全国津々浦々に存在し、それぞれの地域で活動を展開していました。

また、海外の最新訓育法を懸命に学ぶ愛犬家と、犬に興味もない人では知識レベルの差も生じます。だから「昔の日本人には犬の知識がなかった」とか「東京エリアの犬界史=日本の犬界史」とかいう乱暴な思考は止めましょう。

それでは戦時秋田シェパード犬界の事例をどうぞ。秋田の人が秋田犬の姿をよく知らなかったという記述には、ちょっと驚きました(私も上っ面のイメージに左右されております)。

 

 

「身邊雑記」に流麗のペンを走らせてゐられた山邊さんが、秋田の土地を去られてから、僕達の胸には言ひ知れぬ寂寞の感が去來してゐた。

氏の離秋は止むを得ない……否最もお芽出度い―理由なのだつたが、矢張り僕達に取つては此の上ない打撃であり、損失でさへあった。

然し今更こんなことを言つてゐても仕方がない。氏によつて基石を築かれた僕達の秋田グルツペを、より良く、より立派なものに育て上げなければならない。それが僕達に残された唯一の責任だ。

 

八月の例會、八月二十三日、稲福にて山邊さんの去られた後の第一回の例會だつたし、色々な重要な申合せが出來た會だつたが、生憎僕はその日急な公用の爲出席出來なかつたのは殘念だつたけれど、その折の決定は會員伊藤さんを通じて確實に諒承した。

即ち、

第一、例會は今迄の様に稲福喫茶店では五十銭(笑つてはいけません、一ケ月のです)の會費は全部弁當代に消費されて仕舞つて勿体ないから、次回からは之を幹事難波さん宅前印刷屋の二回座敷を拝借することにする。

夕飯は各自御愛妻の調理されたものを召し上がつてから出席されること。従つて會場にはホンノ粗茶とお菓子の用意に止めるから左様心得べきこと。

 

第二、但し會費は依然五十銭徴収する。當日出席せざりし會員亦然り。之れは然し會で不當の利益を貪るのでは決してない。茶菓との差額は、之を以て犬の雑誌―差當り「犬の研究」と「ドツグ」―を買つて會員に回覧する。

尚それでも殘るがそれはどうするかつて?ケチケチするな。之れは凡ての會の雑費に使用する。尚それでも剰る?

それを溜めておいて、トーキーの機械でも、JSV選定種犬でも何でも買つて大いに會の財産を作つて、将來の大活躍に備へるから、安心せい。

てな譯で、今月はその實行期間に這入つた次第だつた。

 

九月の例會。

九月二十三日(木)、午後七時より。例の印刷屋さんの二回座敷で。

出席者

松村さんを除く全員出席。と言つてもお判りないかも知れないから、臆面もなく會員の名乗りを上げて戴く事にする。

伊藤喜市郎氏(呉服商)

加藤清彦氏(赤十字病院勤務)

片岡宗作氏(同)

中井哲蔵氏(税務署勤務)

難波繁次郎氏(紙茶商)

村山勝郎氏(精米業)

上山義昭氏(裁判所勤務)

松村美佐男氏(同)

松永鶴吉氏(製餡業)

(イロハ順)

以上が正會員だ。伊藤氏、難波氏、村山氏、松永氏が土地の御方で、其の外の方は皆風來坊?のサラリーマン。

 

卓上には前回の申合せによつて本物の粗茶、粗菓みたいなものがある。だけれど皆んな愉快に談論風發、北支事變のことから、S犬界の二ユースから、各自愛犬の御自慢に近況等々、話は益々佳境に入る。そして何時議事に入つて何時議事が決定したのか判らん内に、次の諸事項が新に申合せとして可決された。

 

第一、難波さんから御報告のあつた千葉の富塚敏信さんには早速適當の場合に來て頂くこと。

未だ會員の誰れもが正式のS犬の訓練といふ奴を見た事がないといふ心細い素人揃のこと故、進んで來て見せて下さるといふ富塚さんの如き御方の御申出は實に願つてもない倖せであるから、此の件は一切を難波さんに一任して善處して頂くことにする。

 

第二、此の次からは漫談の間に何か一つ纏つた勉強をして來よう。

それは何か題目を決めた方がよい。よし、それでは此の次の例會迄には皆んなで「S犬の訓練を可能ならしむべき犬の特性に就て」勉強して來よう。

 

第三、會には正會員(JSVに入會したる會員)の外に準會員も成る可く這入つて貰つた方がよくはないか。

初めからあの例のJSVの會則なんか見せられると、見せられた方は一寸軽度の眩暈を感ずる向も少くはない様だ(誰だ、そんな經験を持つ者は?)。

だから初めは個人的に交際しておいて、少々心易くなつたら此の例會に連れて來る。その時の會費は五十銭取る。然し、JSV會員としての権利は無いといふ丈で、秋田グルツペとしての一切の便宜には關與し得る。そして大いに皆の教育と宣傳によつて、もう大丈夫といふところで例の眩暈を起させるJSV會則といふ奴を見せて、徐々に正會員に引つ張り込む。反對に、變な代物はお断りする(なんと名案でせう!)。

 

第四、もう少し宣傳すること。

新聞に僕の「シエパードの話」續編を書けといふ御注文。然しこいつは少々弱つた。實は去年此處へ來た時、餘り街の人達が僕のレオを「秋田犬だ!純粋の秋田犬が來た」と騒ぐ(但しレオの尻尾は決して捲いては居ない)ので、その蒙を啓く爲、レオの名で少し許り氣焔を上げた處、忽ち山邊さんの眼に止まり、到々此の會の出來る動機と成つた譯だ。

併し實際の所、僕はS犬の事は何れも知らないし、山邊さんの様な大家にあれを讀まれたかと思ふと今でも冷汗千石ものだ。どうもこいつは弱つた。

然し未だ秋田人はS犬と秋田犬の區別が判らないから困る。僕の知人(秋田人)の話に、その又知人が上京して歸つてからの話に、東京に出たら驚いた、尻尾の垂れた雑種みたいな秋田犬を大威張りで曳いて散歩してゐるんだから、東京人つて馬鹿だナアと、どうも言ふ事が少しおかしいからS犬の寫眞を見せてこんな犬かと尋ねたら正しくそうだと言ふ。

つまり彼は矢張りシエパードを見て秋田犬だと思つて、然かも尻尾が垂れてゐるから駄目だと言ふんだから恐縮する。宣傳否、啓蒙運動の必要は未だ未だ解消してゐない。

専門家は別として、秋田人は秋田犬を知らな過ぎるし、第一秋田にも純粋の秋田犬なんて滅多に居ない。今では少くとも市内ではシエパードの方が優勢だから……。

 

大体以上の様な次第だつた。

あツ、それから此の報告を書く事も僕の仕事に命ぜられた。山邊さんの「身邊雑記」は同時に秋田グルツペ報だつた。そして同時にそれは素晴らしい文學だつた。

僕のペンはその何れの方面に於ても遥かに及ばないけれど、兎に角會員諸氏から命ぜられたからには全力を挙げてやつてみる積りです。

先輩諸氏、願はくば生れた許りの小さい此の秋田グルツペに友愛と指導を與へられんことを!

昭和十二年十月三日夜 上山記

 

上山義昭『秋田グルツペ』より

 

せっかく再スタートを切った日本シェパード犬協会秋田グルッペですが、上山検事も翌月に転属命令が出されて秋田県を去ってしまいました。