荻原氏の愛犬は横濱大村氏のアレツキスを父に持つ未成犬。ガツチリとした骨組、見事な歩容には相馬さんも父親優りの犬だと感心される。

現在は兎も角として今後の飼育法如何によつて将來は甲府一の名犬になるかも知れない。との言葉に温厚な萩原氏の童顔がニコ〃と笑ひ崩れる。で、早速展覧會出陳の約束が出來る。

今日は犬見學と展覧會出陳の勧誘と中村屋の御用件を兼ねての甲府訪問であるから、相馬さん(※新宿中村屋社長)も中々御急がしいわけだ。

 

時計を見れば既に二時。豫定の三時四十分の汽車にはどうしても間に合はせるやうにしなければならない。

荻原氏の犬を見せて頂くと四十哩の速力を出して小宮山氏の御宅に車を飛ばす。小宮山氏の御宅は甲府の町を二里ばかり離れた所で、丘陵の小高い所にある堂々たる邸宅。刺を通ずると早速奥様が出て來られて犬舎へ案内して下さつた。

 

小宮山さんは、日本コリー犬協会や純日本犬山梨保存会のメンバーでもありました。

 

カウント×グレタの仔と師岡理事のケネルに生れたホルストの仔の二頭が日當りのいゝ廣い犬舎に寝て居たが、吾々が近付くと尾を巻いて隅つこに逃げて了ふ。寫眞を撮るために連れ出して頂いても厭だ〃とすねる所を見ると、愈々以て箱入り娘に箱入り息子である。殊にお嬢さんは堂々たる骨格、均整のとれた體型をして居て、之迄に見たカウントの仔の中では最優秀のものと見受けられたのにすつかり嫌はれて了つて、寫眞を撮つて中島理事に御土産にする事が出來なかつたのは返す〃も殘念であつた。

 

最後に殘つたのが豊村にある河野氏の御宅訪問である。飯野氏訪問と共に今日の主要目的であるので、是が非でも御訪ねしないわけには行かない。

小宮山氏の御宅とは反對の方向で、甲府から三里離れた所。一應車を甲府に戻し、豊村へとシヤに無に飛ばせる。

小杉良和『甲府訪問記』より 昭和8年