生年月日 不明

犬種 ブルドッグ

性別 牝

地域 東京府

飼主 恩賜上野動物園

 

上野動物園でライオンの育成に犬を用いたお話。翌年の夏には上野動物園クロヒョウ脱走事件が発生、古賀園長は帝国軍用犬協会・日本シェパード犬協会・日本犬保存会の協力を得て追跡にあたりました。

ちなみにライオンのカテリーナですが、昭和18年の猛獣殺処分で犠牲となっています。

 

「實は、犬の事は何も知らないので、犬の會合のある毎に、努めて出席して皆様のお話を伺つてゐる次第ですが、今日もその心算ででましたところ、由井さんからライオンの話をせよ―といはれて、餘り突然の事ですし、ライオンと犬を如何に結付てお話したらよいか苦心するわけです。

先づ、犬とライオンといふ事で材料になりますのは、一昨々年の八月(上野)動物園にライオンの仔が生れた時のこと。エチオピアから來たカテリナといふその親が、育てようとしませんので、生れた翌日親から離して、約十日間位は牛乳その他の乳を與へましたが、結果がよくありません。そこで、豫め考へて置いたやうに犬を付けて育てました。

犬はブルドツグでしたが、ライオンの仔の方は生れて間もなくでも七百匁もある。犬の仔より遥かに大きなもので、而もそれが二頭でしたから、犬も大分乳を吸はれたわけです。實は最初土佐ブルに付けたのですが、この方は非常に嫌がつて、二度目に乳を吸はせようとした時など、口を縛つて置きましたが喰付きさうにしますので、之を止めて代りにチヤメといふブルドツグを付けたのです。この犬は非常に温順しい犬で、この犬がいやがつて駄目だつたら、他に乳母として付けるものがないわけでした。

扨て、この犬を付けて見ますと、別に嫌がる様な事もありませんので、三日程経つてからは、繋いでゐたのを放してライオンの仔と一緒に置きましたが、それから、まるで自分の仔なんかの様に、ライオンの仔の體や尻を舐めてやる様になつたのは、十日位も経つてからと覚えてゐます。

一體、犬科の動物と猫科の動物では、舌の構造と、爪の構造が違ひ、ライオンの舌はザラ〃してゐますから、それで乳を吸はれると痛く感じますし、爪も亦、犬のは割合に鋭くありませんが、ライオンの仔などに乳を吸はせるのを、嫌ふのが當然です。

この犬を付けて置いた期間は、凡そ五十日位でしたが、面白い事に、ライオンの仔が、生後二ヶ月位になつたら、犬の爲めにやつた飯と肉を横取りして食べました。その際肉よりも先づ飯から食べる事で、これが變つてゐると思ひました。現在猫科の動物は殆ど全部食肉性でありますが、ライオンが何の程度まで飯を食べるかゞ問題です。尤も猫科の中でも家猫は飯を食べますから、ライオン必しも食肉性だといへぬかも知れませんが、兎も角、全く植物性のものとまでいかなくても、餌の三分の一か三分の二が飯でよいとなれば、即ち犬猫程度まで飯を食べれば、経済的に大分違つて來ると思ひます。この事に関しては今後、果して何の程度まで可能なものか研究したいと思ひます。無論これは人工飼育に依る外はありますまい。

只今のは、犬でライオンを育てたといふ話ですが、ライオンと他動物に関する話としては、一昨々年ですが、(上野)動物園で幼獣園を作つてライオンの仔三頭、熊の仔一頭、猪の仔三頭、山羊の仔を一緒に置いたことがありますが、やつてみますと、種類の非常に異つたものは永く一緒に置けないといふ結論を得ました。何故かと云ひますと、猪の仔は一緒に遊んでゐますが、ライオン等と違つて喰付いてぢやれる様な事がありませんから、ライオンの方では遊ぶ心算でも他が恐れて逃げます。逃げるとライオンの方では面白がつて益々追ふといふ有様です。

熊になりますと喰付きあつたり、乗つかつたりして遊びますから、ライオンとは仲が良いのです。之が猫科の猛獣、つまりライオン、虎、豹などですと、相當大きくなつてからでも一緒に遊びます。熊なんかも割によい方です。」

 

日本コリー倶楽部新年會講話 上野動物園長古賀忠道『犬談バラエチー』より 昭和10年1月28日