川西玲子著

蒼天社出版

2018年11月20日発行

 

平成最後の戌年。年明けには「日本犬界の新たな史実が発掘されるかも!」と期待していたんですけど、まとめサイトみたいな薄っぺらコピペ情報が垂れ流されただけで年末を迎えてしまいました。こうしてイヌ派は衰退し、ネコの時代が訪れるのでしょう。

イヌと心中するつもりの私ですが、少数派の悲哀はなかなかキツいものがあります。

 

そんな2018年、愛犬雑誌『Shi-Ba』で連載されている『いまさら聞けない 日本犬の歴史学』だけは楽しみにしていました。日本犬保存会をベースにした日本犬の歴史。これですよこれ!俺が読みたかったのは!

このたび集大成的な川西玲子氏の著作が出ることをSNSで知り、早速注文しました。

 

日本犬保存会史については、十数年前に私も調べていたことがあります。しかし、途中で「日本犬協会」なるライバル団体を発掘したのが運の尽き。おお、こっちの方が全日本プロレスの分裂騒動みたいで面白いぞ。

……などと、野次馬根性丸出しで日協側も調べてみたら盲導日本犬の存在を知って仰天し、それを機に高校時代から調べていた日本盲導犬史へ回帰してしまい、戦盲軍人誘導犬→軍犬→満鉄警戒犬→賽犬→牧羊犬→警察犬→猟犬→運搬犬→俳優犬→闘犬と次から次へとテーマを乗り換え、そこから狂犬病史やペット商史という枝葉に手を広げ、よせばいいのに外地犬界や満洲国犬界の泥沼へ片足を突っ込んできた結果、日本犬は放置状態となったワケです。

 

そもそも、日本犬の歴史は面倒くさい。「天然記念物」とか「武士道精神」とか「国犬」とかいう窮屈な枕詞がくっ付いてくるし、そういう奴に限って和犬を二度も消滅の危機へ追いやったことへの反省皆無だし、犬に興味もない手合いがニホンオオカミ論だの国粋主義批判だの戦時美化などの目的で闖入してくるし。

 

日本犬史を敬遠していたのには、個人的な理由もあります。日本犬原理主義者である私の父は、「洋犬は仕草が人間じみてて嫌だ」という意見の持ち主。「犬を品種で差別すんなよ」と思う私とはずっと対立してきました。「この品種以外はイヌに非ず」「有能犬と駄犬」みたいな偏狭さへの反発が、このブログで野犬や名もなきペットの記録を集めさせているのでしょう。

大河ドラマ大好きで偉人や英雄や名経営者の本を愛読している父と、「偉い奴の話ばかり読んでいると自分の身の丈を勘違いするぞ」と言って無名の人々の郷土史を発掘していた祖父の構図が、今度は孫に受け継がれたと。まあ、私が漁っているのは犬の歴史なんですけど。

話を戻します。

 

「日本犬保存会史に非ざれば日本犬の歴史に非ず」という考えは、完全に間違いである。「傍流の日本犬史」や「各地域の日本犬史」も等しく重要なのだ。

この意見は、現在も変わりません。

それゆえ妙な先入観をもっていた私は、駿河台から神保町の取引先を回る時など「ここが原理主義派の総本山か」と日本犬保存会本部を横目で眺めつつ女坂の階段を登り降りしておりました。

この本の著者である川西氏も、日本犬保存会東京支部に所属されています。だから『Shi-Ba』の連載も「日本犬保存会に偏った内容なんだろうな」と思って読み始めたら意外や意外。当時の犬界事情を背景に日本犬の立ち位置を論じる内容でした。

……よくよく考えれば、意外でも何でもないんですよね。

日保の斎藤弘吉も、日協の高久兵四郎も、洋犬・和犬に精通した人物。世界レベルの広い視野で犬界を見据え、日本犬の相対的な価値を見出してきた団体なのですから。偏狭なのは自分のほうでした。

郷土性と絡めて天然記念物指定を進めた文部省、標準化による再興をはかった保守派の日本犬保存会、日本犬の進化を掲げた革新派の日本犬協会、各地域で日本犬を護ろうとする愛好団体。

本流と傍流、和犬と洋犬と唐犬の関係、地域性や時系列などを考慮しつつ記録を発掘し、種々雑多な流れとして整理することが「日本犬史の編纂作業」なのでしょう。

 

その辺を無視する手合いから、歴史批評の道具にされてきたイヌの近代史。『犬の現代史(今川勲著)』や『犬たちも戦争にいった(森田敏彦著)』といった優れたテキストの登場で状況は改善されてきたものの、ジャーナリストや教育関係者による歴史批評という体質はそのままでした。

あの界隈特有の、印象操作をやらかすために都合の悪い史料を隠蔽したり、戦時のイヌの話から70年間を走り幅飛びして21世紀の政治批判を始めたり、「やっぱり其処が着地点なのか。そのために犬を利用したのか」とゲンナリさせられることばっかり。

純粋に犬の歴史を調べている読者としては、ご大層な歴史観やお説教を開陳されても困るワケです。そういうのは要らないから、犬の話を聞かせろと。

 

イヌの歴史は、犬を愛する者が語るべきなのだ。そう確信した私は、先駆者である大宮巨摩男氏に続く「犬界関係者が編纂した近代犬界史」を待ちわびていました。

この本が安心して読めるのは、著者が犬界関係者で、かつフェアな姿勢に徹しているから。私見や批判を抑制しつつ、日本犬保存会にとって都合の悪い内容も含めた史実がありのままに提示されています。

オノレのポエムやアジテーションを随所に挟み込みたがる評論家センセイとは大違い(あの類の自分語りを読むと、うるさい黙れ案内人に過ぎないお前が主役みたいに振る舞うなとイライラするんですよ)。

畜犬史の主役はあくまでイヌが中心であることを、理解しているか否かの違いでしょう。やはり節度を知ることは大事ですね。

私見と独断と偏見と不平と不満と愚痴にまみれた当ブログとしては、穴があったら入りたい位なんですけど。

 

ツッコミどころが多い犬本に対してはネチネチと重箱の隅をつつきまくる私ですが、『戦時下の日本犬』に関しては何もなし。くだらぬ批評モドキもこの辺で終了しましょう。

 

愛犬家にとって、優れたテキストが増えるのは喜ばしいことです。

日本犬の歴史だけではなく、戦時犬界に興味がある人も是非読んでみてください。