いつぞや安達一彦氏の営農犬を取り上げましたが、アレのもう少し詳しいお話を。

https://ameblo.jp/wa500/entry-11541991887.html

 

圓山青物市場は、この地方で有名な存在である。こゝの品物は新鮮でしかも値段が安い。それは郊外の農家から直接消費者への現金取引であるからである。

この市場は長さ二町に亘り、四列に並んで未明から正午近くまで商賣をして居る。こゝに雲集する(といふても餘り誇張ではなからう)人出を目當に小間物屋、古着屋、蓄音器屋、等々、香具師までもがその附近に店を開くので、とてもそれは賑やかなものである。

 

ある朝、犬を連れた散歩姿の私の足が、この雑踏の中に向いたのであつたが、その露天の間に實に多くの犬を發見したのである。其犬は大いの、中位の、體型も雑多、何種に近いか判らぬ位のもの、一つの珍犬展覧會とでも云ひたい。

こんな犬が青物の後方に温順にうづくまつて居眠り最中である。私の犬が近づいた氣配を感じてパツと眼を開くが、悪意がないと思ふか又直ぐ目を閉ぢて仕舞ふ。

これ等の犬はみな農家に飼はれて居るもので、真夜中に青物を山盛に積んだ荷車―それは今日の商品の全部であり、又家族から馬、犬、鶏に至る迄の生活を支へる資源である―主人と共に遠いのは二三里もの水戸を元氣横溢、この市場へと運搬して來るのである。そして主人が「安い〃買つてくれ」と叫んで商賣中は休息し、正午近くになると空車を輓いて勇躍帰路に就くのである。

男主人と犬が車を輓き、女は車上で蜜柑の皮をむいて居る等といふ圖は、都會人の想像したことさへないであらう。この市場にかうして使役されて來る犬の數は百を越える。

夫等の犬の體型は雑種ではあるが、又ブラシを掛けたこともない、毛並は乱れ汚れては居るが、その溌剌とした元氣を見ると、何とも言へない尊敬の氣持さへ湧くのである。

と共に「これは軍用犬のシエパードだ」と號しては居るものゝ美衣美食何んの爲すところもなく安逸を貪つて居る犬の存在と、思ひを廻らしたとき、その物足りない姿を悲しみ哀れむと同時に、その飼育者に三鞭自覚を求めなければならぬと痛感するのである。

安達一彦「犬界私語」より 昭和10年