或處に、小さい可愛いお嬢様が御座いまして、こうゆうお話を為さつて居らつしやいました。

 

 

ジヨンわ私の大事な、可愛い子犬で御座いますけれども、時々中々、いたづらなことがあつて困ります。乳母の云うのにわ、何でも幼い者わいたづらだつて、乳母わ其とき、私のことでも云つてるように私の顔を視ましたが、私わ他人の人形を噛裂くなんテ、憚りながらマダそんな悪戯わしませんがネ。

所がジヨンわ、其悪戯を致しましたよ。私が遊戯室(あすびべや)を、半時間ばかり空けて置いて、帰つて來て見ると、ジヨンわ、私の大事な〃お人形さんを、彼方此方え振廻して居て、新しい赤い着物を、引裂いて了いました。私はモウ、腹が立ツて、腹が立ツて堪りません。

今度こそわモウ、容(ゆる)して遣らないぞと思いましたが、其内に私のお宅に飼ツてある黒猫さんに、ジヨンがお鼻の先を引つかゝれて、キヤン〃泣いて來たときにわ、可愛いそうに成ツて、抱上げて遣りました。それから私わ、ジヨンに仔細云ツて聞かせました。

「ソレ御覧、お前お鼻を引ツかゝれたら痛かろう。だからお人形さんを、噛着いちやア可けないよ」

ジヨンわ真個(ほんとう)に、お人形さんに氣の毒だと、思ツたと見えて、それから今まで、マダ一遍も、お人形さんを噛着たことが御座いませんよ。

 

ひばり「ジヨン」より 明治41年