どう云ふ標準で犬と犬屋を選んだら宜いか?

先づインチキ犬屋に引掛らぬ様用心が第一

猟犬はこう!軍犬はこう!愛玩犬はこう!

 

犬を初めて購求しようとなさる方は出來る丈け犬についての認識を高めることが必要でありますが、それより尚以上必要なことは、買ふべき犬屋の選擇であります。

如何に研究しましても鑑別方とか相場等は商人に及ぶ筈がありません。就中地方から前金を送金して註文する方なぞは尚のことです。どんな犬屋が正直で親切であるかを識別するには、各人の常識程度によりて千差萬別でありますが、各畜犬商店の商報(カタログ)等を精密に御覧になられるとある程度まで、その店の商賣ぶりが分るではないかと思はれます。例へば

一、店の大きいことゝか、品の多いことを誇りとし、それを第一の宣傳として居る店

一、何年も犬と寝食を共にして居たと、恰も自分も畜類と同様だと云はぬばかりに威張つて、他人の悪口のみ云ふことを宣傳第一にして居る店

一、自分の店とか品に對して直接に誇らないで、無形な人格とか信用を重大視して居る店

大略此の三つの型がある様です。どの型を選ぶか。それによつて、買入れる方の畜犬飼育の運命の第一歩が決定されるのであります。

欺偽、インチキに引かゝつたと云ふことは、結局自分の常識が至らなかつたと云ふのであります。

買ふべき犬種については、飼育すべき目的を確立して信用の出來る商人に御相談すべきでありますが、何種にせよ出來るだけ純血種を御飼ひになることを御奨めし度いと思ふのです。全然名称のつけ様のない雑種犬は、如何に安價でも結局は御飽きになつて、所謂「安物買いの銭失ひ」と云ふことに帰着することが往々あります。

仔犬はよくその容貌を観察して、雑種物を避けるは勿論のこと、健康に注意して、元氣溌剌、身体の各部の清潔なものを選ぶべきであります。而してよくその系統を糺し、良血統のものは間違ひは少ないのでありまして、それには前にも申した通り、十分信用の置ける犬屋に任かして、素性の良い犬を選んで貰ふより仕方がありません。

次ぎに猟犬を買はうとなさる場合は、嗅覚の最も鋭敏なるものが宜しく、その鋭鈍を比較するには、牛肉を二、三間隔たつた處に置き、一斉に犬を放てば早く發見した犬が最も鋭敏であることを推知出來ます。その他河水を恐れるもの、猟場以外に脱走するもの、獲物を食ふもの等種々の悪癖、缺點等を有するものがありますから、餘程慎重に吟味した上でないと、迂闊に買入れることは出來ません。

番犬は又猟犬とは異つた性能を有するものを選擇せねばなりません。聴覚が鋭敏で夜間あまり深い睡眠に陥らないもので、且つ濫りに他人の餌に買収されるやうではなりません。番犬として最も優ぐれた技能を有するものは相手の怯むのを窺つて、背後から廻つて、その両脚の中間へ己が顎を挿入し、うんと力を入れて起き上り、相手が吃驚して転倒するのを、上から四足でしつかり抑へ、咆哮して人を呼ぶものであります。次ぎに相手の侵入し來るや、牙を剥いて吠え付き飛び掛らうとする氣勢を示し、相手をして隅の方に後退せしめ、一足でも動かうとすれば即座に噛みつかうといふ勢いを現はしつゝ、飼ひ主を呼ぶものであります。第三は、相手の侵入し來るや躊躇なく吠え且つ噛みついて之を追ひやるものであります。第四は、相手來襲と見て噛みつかうとする勢を現はしつゝ大聲を立て、敵が如何なる餌で釣らうとしても毫もこれに篭絡されず、依然として吠え立てるものであります。かうした技能を有つ犬ならば、番犬として誠に有為のものであります。

愛玩犬はまずしとやかに育てられ、規定以外の食物を貪らず、一定の場所で排泄し、且ついろ〃な芸をするに越したことはありません。そして外貌もさつぱりして居て斑紋も不揃でなく、病弱、老衰の徴候のないものを選ぶべきであります。

 

それは通常歯で識別し得られるものでありまして、仔犬は生後五ヶ月乃至七ヶ月で乳歯は脱け落ち、親歯と変るものであります。それから八ヶ月から一ヶ年を経過すると、乳歯はすつかり落ちて親歯がきれいに生え揃ひます。

今度は成犬になりますと、反對に歯の摩滅の程度でその年齢を推定するのでありまして、三、四歳に達しますと、前歯の接合部が平坦になり、六、七年歳のものでは牙の伸び具合や尖端の格好でも見當がつきます。

又体全体の様子や、筋肉の具合、毛の艶や質、顔の筋肉、乳頭、性器などによつても略、その老若を測定することは出來ます。

又病犬か健康犬であるかも識別して購入する必要があります。健康な犬であれば、目の色は冴え々々として、挙動は溌剌として居り、健啖であつて、脱糞に異状なく、容貌も何處となく明朗な趣を備へて居りますが、病氣の犬は一目見て、その如何にも疲れ切つて居る状態が判断出來ます。

例へば犬兒にして不幸ヂステンパーに冒されて居るものは、食慾不振で腹を痛め、發熱して鼻頭は乾燥し、眼脂が浸出し、なんとなく元氣衰へ、挙動不活發で、日ねもす居眠りして居ります。こんな犬兒は大抵この病氣に罹つて居るもので、買つて行つても命は先づないと思はねばなりません。これは病犬の一例としてヂステンパーの症状をお話ししたのでありますが、病氣には夫々特徴がありますので、一々それをお話しすることは困難でありますから、他の適當なる書籍を繙かれるか、さもなくば獣医に糺されむことを御勧めいたします。

併し此處に一言すべきは、あまりに外貌に拘泥してもよろしくありません。例へばシエパードならシエパードの性能を十二分に發揮するもの必ずしも、標準体型に適合して居るとは断言出來ません。

要するに望み手の方で確乎たる方針を立て「どんな莫迦犬でも容貌さへ美しければよい」と云ふのは面白くない。

「体形の如何に拘らず能力の優れたものが欲しい」と云ふやうに豫め、目的を立てゝから犬屋を訪れるべきでありませう。

 

大東京畜犬組合顧問 柴田頴里

 

近年悪名を轟かせている通販詐欺やオレオレ詐欺なんてものは、実は明治時代から存在していました。手紙や電報といった騙しのツールが電話やネットへ変わっただけです。

戦前のペット業界も同じこと。悪徳ペット商の跳梁跋扈が問題化し、畜犬商組合などによる自浄作用が進んだものの、犬の通販トラブルは(顧客側の問題も含め)ナカナカ根深いものがあった様です。

業を煮やした帝国軍用犬協会や日本シェパード犬協会では、メンバーから畜犬商を排除する方向へ動きました。