ペット業界の闇というのは根深いものがありまして、「商品」を粗末に扱う業者は戦前から跋扈しておりました。
まあ、たかが犬畜生の境遇に目くじらを立てる人も少なかった時代(宗教家や動物愛護団体除く)、見ないフリがまかりとおってきたのですが。
しかし昭和11年、東京のペット業界は騒然となりました。
あろうことか、東京市が「経費節減のため、駆除野犬を上野動物園の猛獣の餌にしよう」など化成所(家畜や野犬の遺骸処理施設)へ持ちかけてしまったのです。
化成所側は、当然ながら管轄の警視庁に相談しました。
「上野の猛獣に狂犬病が感染したらどうするんだ!」
東京府下の狂犬病対策に奔走する警視庁は、畜犬分野の衛生観念の無さに驚愕。徹底取り締まりへ動きます。
畜犬商及び訓練所の中には、飼養場所の不衛生なもの、賣買、交換、預託犬名簿の記載を怠るもの、不正を行ふ者等が往々見受けられるので、警視廳では改正畜犬取締規則に基き、去る八月廿六日各署に向け發令。畜犬商及び訓練所の一斉取締りを行ふことになつた。
取締項目は
一、無届にて営業を為し居るものなきや
一、廃業し又は届出事項に異動を生じ、五日以内に届出でざるものなきや
一、飼養場所を清潔に保持せざることなきや
一、逸走又は危害防止に必要なる管理を怠ることなきや
一、汚水又は汚物にして溜りより流溢し居ることなきや
一、賣買、交換又は預託犬名簿に取扱事項を明かにせざるものなきや
以上六項目である。
なほ賣買、交換、預託犬名簿はこれを二種に分ち、一を商犬買受賣渡(譲受譲渡)及交換明細簿とし、他を畜犬預り明細簿としてその様式が指定され、勝手な帳簿に記載することは出來ぬことになつた。
「畜犬商、訓練所の一斉取締」より 昭和11年
調査の結果、出るわ出るわ。犬肉を売りさばいていた業者まで発覚するという、とんでもない実情が露わになりました。
翌年には日中戦争が始まり、日本は戦時体制下へ突入。全ての膿が出し切れたのかどうかはウヤムヤのまま、日本ペット界は崩壊へ向かったのです。
警視廳でこの程畜犬業者及び訓練所を一斉調査の結果、商犬業者綜數二百七十二軒、訓練所綜數三十六軒、犬の頭數にして二千二百三十六頭を算えたが、これ等の中無届の者が三軒、犬肉を賣つた者五名、犬舎の不潔が三十五名、設備不完全で逸走の虞れあるもの十一軒、汚物が汚物溜めから溢れてゐたもの八軒、取扱ひ名簿に記載のないものが實に八十一軒の多數に上つた。
「東京府下の業者數」より 昭和11年