藤井浩祐氏の實見談であるが、この夏の初め京都に遊び、京都の日本畫の某大家と、鞍馬の奥の花背の部落一帯の景色が如何にも芸術的に優れてゐると聞いて、一日わざ〃出かけたものである。
鞍馬までは電車があるが、それから先は花背まで三里の道は全く山又山で、人里離れた峠をいくつも上下しなければならない。
幸ひ乗合自動車があるが、進む程に道のところどころに犬がちよこなんと座つてゐる。
附近には人家もなく、人の子一人ゐない。如何にも不思議な光景なのでよく見ると、薄茶色で柴犬よりもやゝ大きい位。
純日本犬である。
その犬の傍には材木があつたり、荷車が置いてあつたりして、どうもそれの番をしてゐるものらしい。道の中央にゐて、行人をじつと見つめてゐるが、別に吠えるでもなく、如何にもよく訓練が行届いてゐた相である。

「京都鞍馬の奥の日本犬」より 昭和8年