大正時代の地方犬界事情はよく分からないのですが、少しは記録が残っております。
当時の九州南部にどのような犬種がいたのか、貴重な証言でもあります。



余輩、猟犬に関する智識全くなし。
漸く二三年前より狩猟界に身を寄するの餘裕を得、傍らメンデリズムの應用を試み、表題如何にも大胆にして大方の哄笑を受けんことを慮る。
唯十数年來昆蟲に施したる分離法則を基礎とし、猟犬に應用したる結果を記述するに過ぎず、實験より誤りなきを保せず。
寧ろ先輩諸氏の示教を請はんとするものなり。乞ふ諒せられんことを。

西都
大正14年の記録を探していたら、本部さんの写真が出てきました。
妻町は現在の西都市です。

大正十年春期に於て
A ゴールドン・セツター種 牡
B ポインター雑種(茶白斑紋) 牝
を交接し生じたる仔犬左の如し。
C 體形體色父に似たるも、前脚下半部白爪白黒交り 牝一頭
D 茶白の斑紋、母體に似たるもの 三頭(牡二、牝一)

大正十二年春期に於てAとCとを交接せしも受胎せず。

大正十三年春期に於いて、AとCとを交接し生じたる仔犬左の如し。
イ 毛色體形Aに酷似し、特に毛柔軟にして爪總黒、A以上に優れたるもの 牝一頭
ロ Aに似たるも脚の先端白を交へ、毛粗硬、爪白黒交り 牡一頭、牝一頭
ハ 茶白の斑紋毛短く、全く両親に似らざるもの 牝二頭

右の結果を總合するに、左の如く見ることを得
二割五分 コトルドン種(純粋)
五割 ゴールドン種とポインター種の雑
二割五分 ポインター種(純、不純混合)

依て思ふに、ゴールドン種真の純にあらずして稍不純を帯び、ポインター種は雑種なるを以て斯く分離せるものにあらざるか、左式にて推定することを得。

牡(不純の傾あるを以て)a+eとし
牝 a+bとし


犬

附記
茶と黒、又は白とは、常に茶が優性にして黒白が劣性なるやうに思ふ。故に一段に體形體色は父に似ると唱へらるゝ拙は解し難き様に思ふ。
固より純粋種同種の交接は一般に唱へらるゝ様に出るのが當然でありませう。
以上は只二回の實験に過ぎず、乞ふ先輩諸氏教を垂るゝに吝なる勿れ。

宮崎縣妻町 本部定敏「猟犬に對するメンデリズム 應用の實験」より 大正13年