零下十五度二十度と云ふ殺人的寒さの朝鮮も春が訪れて、野山も色づき始めました。
やつと解放された自由な気持ちになる事が出来ました。
此れからは物凄い勢ひで愈々シエパードの本舞臺に入ります。支部メンバー一同、犬と共に元気一ぱい揃ひも揃つて勇敢なる連中ばかり……。

飛行家の佐久間君なども熱心な訓練家です。
訓練用具も二十種各方面より手に入れて居る。良くもまあ集めた物だと感心させられます。
其の愛犬ジヤツク號たるや實にリンチンチンの如く昨春の満蒙博覧會に出陳した時にはすばらしい人気と称賛を博したものでした。
彼氏また犬舎を二階の屋根の上に造つて居る。ジヤツク號いつも梯子を上手に登つて二階の屋根上から四方の景色を悠々と眺めて居る。
此れは京城名物の一つでした。
私等はいつも心配でたまらず「君、危険だよ。落ちたらジヤツクは左様奈良だよ」と云へば、彼氏さすがに飛行家。
「いや決して墜落はしないよ」と本人は平気なもの。
然しそのジヤツク號、去る二月始めテンパーで不幸此の世を去つてしまつた。佐久間君の悲嘆實に見るに忍びなかつた。
然し今回瀬野氏の所からブランカーの仔が近日中に飛行機で大阪から来る事になつて居ます。
犬舎も立派に新築完成、待ち遠い事です。

次ぎに前田君。
先に一頭殺したので(死んだのかも知れません、に訂正)今度こそはと佐久間君と同じく瀬野家からブランカーの仔が一緒に来る事になつて居ます。此の人シエパードの話を始めたら徹夜して話す事めずらしくないのです。

次に河村君。
去る二月、宮山氏の所からホルストの仔を求められました。海山越えて遠く大阪まで奥様がお伴れに行かれたほどの御夫婦共に熱心な愛犬家です。
現在発育良好、お二人共に朝から晩までつきゝりです。

さて山田吾平君、此れがまた犬を大きくする事の名人。
テンパーなんて何んでもないと云ふほどの強い自信家。皆様もし発育の悪い犬が居りましたら山田君に一二ヶ月預けられては?

時に井手君、犬狂の人。
シエパード三頭、チン一頭、セツター一頭、東西南北犬ばかり。然し何んと云つてもシエパードが一番に可愛いとの事です。一寸犬が負傷でもしやうものなら大変。
ヤレ医者、ソレ医者。何んとも頼もしい人です。

メンバー一つ一つ棚卸を始めたら會報を一人で占領するやうな事になる。次回に預けます。

最後に私。
シエパード狂の點では誰れにも負けないつもりで、やはり訓練専門の男です。
身を切るやうな厳寒の朝夕、必ず山を走り廻る事を日課として居ます。近所の人達がヤゝ〇〇扱ひにして居りますけど、愚妻が気にして居るだけで私は平気なものです。
五日ほど前にTSC(青島シェパードドッグ倶楽部)理事佐々木氏の御世話でペツケンの仔が参りました。三ヶ月餘りのものです。
此れで牡牝二頭になりました。今から懸命に訓練を仕上げて、来年の競技會には東京まで遠征の決心です。
鬼が笑つて居るかも知れませんけど……。

内地のメンバー御一同の御健勝を祈りつゝ。

日本シェパード倶楽部 常廣義臣「朝鮮支部通信」より 昭和7年

犬

ソウルのシェパード犬界は内地と雰囲気が違っていました。
この後、日本シェパード倶楽部は帝國軍用犬協會(KV)に併呑されて消滅。NSC朝鮮支部もKVソウル支部として活動を再開しました。
このKVソウル支部、犬に興味がないお飾り幹部が多く、果ては派閥争いを演じて内部崩壊。
醜態を見兼ねた軍部によって、KV幹部は一掃されてしまいました。
組織立て直しのため軍部が頼ったのは、陸軍と対立していた筈の日本シェパード犬協會(JSV)朝鮮支部。
そして、JSV朝鮮支部の幹部がKVソウル支部幹部を兼任するという解決策が採られます。
内地では仁義なき闘争を繰り広げていたKVとJSVは、ソウルの地で仲良く共存することとなりました。