言ふまいと思へど今日の暑さかな。
北臺湾の七月は例年に比し珍らしく雨がなかつた。臺湾の夏に雨と風がなかつたなら殺人、殺犬的の焦熱地獄、氷屋以外は全く能率が上らない生活が續く。
軍用犬もこれにはヘコタレて長い舌をダラリと下げて耐久テストの後の様に苦しんで御座るのだ。是を見るとルソンの沖に低気圧とやらが発生したり、雷雨が盛んにやつて来るので臺北などは東京より涼しくなる。

臺湾の雷雨は毎年人畜を斃すので、是がまた厄介なのである。
水牛がやられる。田の草取りがまたやられると云ふ様な事は珍しくない。臺歩一の軍犬班では七月下旬の物凄い雷雨の午后、犬舎横の想思樹に落雷した。
敵の砲弾なんぞは平気であるが空の暴君には流石の古参クロ公もタヂ〃となり、幸い生命には別条がなかつたと言ふけれど皮下に澤山の出血斑を作つたと云ふ事である。神の様な心の軍犬が雷神の怒りにふれた譯でもあるましが、恐ろしうてなりませぬ。

併し皆さん、常夏の島でも九月に這入りますと蝉の声もセンチメンタルになり、北臺湾には忍び寄る秋の音が聞えて参りました。朝夕はメツキリ涼しくなつて、朝の冷たい様な空気を振はしてガジユマル(臺湾植物)のテツペンには高砂モズが啼きます。
犬を連れて夕景練兵場に参りますと、澤山の松蟲もクンレンシロ〃と盛んに啼いてゐるのでありました。

宮本佐市「臺湾犬界便り」より 昭和11年




また風邪をひきました。寒いですねー。
寒さしのぎに夏の台湾の話をどうぞ。