狂犬病が獣疫の対象と規定されたのが、明治29年の獣疫豫防法。この法律が成立するまでの議事録を掲載していきます。
今回は成立した内容のみ掲載。



獣疫豫防法

第一條

此の法律に獣類と称するは牛馬羊豚犬を謂ひ、獣疫と称するは左の十病を謂ふ。
一 牛疫
二 炭疽
三 気腫疽
四 鼻疽及皮疽
五 傳染性胸膜肺炎
六 流行性鵞口瘡
七 羊痘 
八 豚虎列
九 豚羅斯疫
十 狂犬病

第二條
獣類獣疫に罹りたること、若しくは其の疑あることを発見したる所有者管理人又は獣医ハ、直に其旨を所轄警察署又は市町村長(特別市制を施行する市に於ては區長、市制町村制を施行せる地方に於ては區戸長、沖縄縣に於ては又は之に準ずべきもの)に届出べし。
所有者又は管理人に於て狂犬病に罹りたる獣類を撲殺したるとき又同じ。

第三條
獣類獣疫に罹りたるとき、若くは其の疑あるときは、所有者又は管理人に於ては警察官獣医又は検疫委員の指揮に従ひ、直に之を鎖錮し、若くは健獣と隔離し其の監督を承くべし。

第四條
牛疫感染の疑あり、又は之に罹りたる牛羊及狂犬病に罹りたる犬は、所有者又は管理人に於て警察官及獣医又は検疫委員の指揮に従ひ直に之を撲殺すべし。
前項の所有者又は管理人現場にあらざるときは、警察官及獣医又は検疫委員に於て直に之を撲殺し、及其病毒に汚染し又は其の疑ある物品を焼棄埋却し、若くは之に消毒を行ふことを得。

第五條
地方長官(東京府は警視總監以下之に倣ふ)は獣疫豫防上必要と認むるときは病性鑑定の為め剖検を要する獣類を撲殺し、又は鼻疽及皮疽、傳染性胸膜肺炎、豚虎列剌、豚羅斯疫に罹りたる獣類の撲殺を命ずることを得。

第六條
所有者又は管理人第四條の指揮に従はず、及前條の命令に従はざるときは警察官及獣医又は検疫委員に於て直に撲殺することを得。

第七條
病性鑑定の為め撲殺したる獣類を除くの外、此法律に依り撲殺し又は獣疫に罹り斃死したる獣類の屍體は所有者又は管理人に於て警察官及獣医又は検疫委員の指揮に従ひ直に之を焼棄又は埋却すべし。
前項の屍體は各部を截取し、又は剖検を為すことを得ず。
但し、病性鑑定又は学術研究の為め特に地方長官の許可を得たるものは此の限りにあらず。

第八條
所有者又は管理人は警察官及獣医又は検疫委員の指揮に従ひ、病毒に汚染し若くは其の疑ある物品を焼棄、埋却し若くは之に消毒を行ふべし。
所有者、管理人、車長又は船長は警察官及獣医又は検疫委員の指揮に従ひ獣疫に罹り若くは其の疑ある獣類を繋留したる場所、汽車、船舶等に消毒を行ふべし。
所有者又は管理人前二項の指揮に従はざるとき及、車長、船長、前項の指揮に従はざるときは警察官及獣医又は検疫委員は直に焼棄、埋却し、若しくは消毒を行ふことを得。

第九條
此の法律に依り、撲殺し又は獣疫に罹り斃死したる獣類の屍体及病毒に汚染したる物品の埋却地は、発掘若くハ使用することを得ず。
但、地方長官の許可を得たるときは此の限にあらず。

第十條
第四條第五條第八條第一項の場合に於て、地方長官は三人以上の評價人をして物品及発病前の獣類の價格を評價せしめ、左の標準に依り所有者に手當金を下附す。其の評價額を不當と認むる時は、更に他の三人以上の評價人をして評價せしむることを得。

一 牛疫、鼻疽及皮疽、傳染性胸膜肺炎、豚虎列剌、豚羅斯疫に罹り撲殺したる獣類
評價額三分の一
二 病性鑑定の為め撲殺したる獣類
評價額五分の三
三 牛疫に感染の虞れある為め撲殺したる牛羊
評價額五分の四
四 焼棄又は埋却したる物品
評價額二分の一
手當金額は第一の場合に於ては一頭六十圓、第二第の場合に於ては一頭百五十圓、第三の場合に於ては一頭二百十圓、第四の場合に於ては總計十圓を超過することを得ず。

第十一條
此の法律に由り左に掲ぐる獣類を撲殺し、又は物品を焼棄、埋却したるときは手當金を下附せず。
一 第二條に違背し、届出なき獣類及之に触接したる物品
二 第六條の場合に於ける獣類及第八條第三項の場合に於ける物品
三 狂犬病に罹りたる犬及病毒汚染の疑ある物品
四 第十二條の命令に違背し移動したる獣類及物品
五 第十五條の命令に違背し検疫を受けず、又は輸入したる獣類及物品

第十二條
地方長官は獣疫豫防上必要と認むるときは、區域を定め獣類の種類を限り其の出入往来竝病毒傳播のある物品の運搬を停止することを得。

第十三條
地方長官は獣疫流行中必要と認むるときは屠獣場及獣類化製場の営業を停止し、又は獣類の種類を限り其の市場共進會等の開設を停止することを得。
但し、此場合に於ては直に其旨を農商務大臣に届出べし。

第十四條
地方長は獣疫豫防上必要と認むるときは、區域を限り健獣の検査を行ふことを得。


第十五條
外國より獣疫侵入の危険ありと認むるときは、有病地より又は有病地を経て輸入する獣類及物品の検疫を行ひ、若くは其の輸入を停止することを得。

第十六條

獣疫豫防に関売る費用は國庫、府縣、市町村及一個人の負担とす。其の負担の區分は勅令を以て之を定む。

第十七條
第四條第一項に違背したる者、第五條の命令に違背したる者、及第十五條の検疫を受けず又は輸入停止に違背したる者は、五圓以上百圓以下の罰金に處す。
獣医、第二條に違背したる時は罰前項に同じ。

第十八條
第七條第八條第一項第二項第九條に違背したる者、及第十三條の命令に違背したる者は、二圓以上二十圓以下の罰金に處す。
所有者又は管理人、第二條に違背したるときは罰前項に同じ。

第十九條
第三條に違背したる者及第十二條の命令に違背したる者は刑法第二百四十九條の例に依り處罰す。

第二十條
第一条に掲げたる獣類獣疫の外、獣畜傳染病豫防上必要と認むるときは、勅令を以て此の法律の全部又は一部を他の獣畜又は獣畜傳染病に適用することを得。

第二十一條
此の法律施行に関する規則は命令を以て之を定む。

附則

第二十二條

此法律は明治三十年四月一日より施行す。
獣畜傳染病豫防に関する従前の規則は此の後法律施行の日より廃止す。



成立までの議事録については別途掲載。長いので。