犬談に花が咲けば終日飽きると云ふ事を知らない。
何がそんなに面白いのかと聞かれても、それは門外漢には解るまい。エアデールにしてからが血統の話、蕃殖の話、病気の話、それからそれと犬の噂、人の噂、夜の更けるのも忘れ、寒空にオーバーの襟をかき立てながら家路につくと云ふ事も、一度や二度の経験を持ち合はさないエアデールマニア―があるだらうか。

新潟支部設立七周年、皇紀二六〇〇年記念全國展の夜である。
十一月二十四日と云へば既に晩秋。裏日本の新潟では日本海の波濤を越へて来るシベリヤ風に、一團の寒さを感ずるのではないかと思つて出掛けて行つた吾々も案外の暖かさに愛犬家の天狗話に花が咲いたと云ふ譯。

此の前日二十三日にはシエパード、エアデール、ドーベル合同の訓練競技會が催されて、エアデールのマウントフジ・ミラーが第一席の栄冠を獲得したのである。
此の朗報は吾々エアデール党をして先づ狂喜させた。思ふに我國に於て催された總合訓練競技會に於てエアデールが他を制圧して第一位を得た事はなかつたであらう。此の競技會には全國から集まつた十八頭の訓練犬が参加してゐたのである。
そして凱歌は遂にエアデールに挙つた。

先づ話題はエアデールの訓練性能から始まつた事は當然だ。エアデールが軍用適種犬として認められてゐながら、何故今迄優勝訓練犬が出現しなかつとかと云ふ問題である。
それは従来エアデール党には訓練に志す者が比較的少数であつた事、そしてシエパードに見る様な熱烈な訓練家が稀であつた事に起因すると云ふのである。確に原因の一つはそれに違ひない。
若しエアデール党に今少し訓練に就て理解と熱情とを持つ多くの人があつたとしたならば、エアデールの性能を他犬種の人から疑問視される様な事は、疾うに消滅してゐたに違ひない。
甚だしきに至つては、自からエアデールを愛しエアデールに発足しながら、其の良さを没却して、他の犬種に転向しようと心を動揺させつゝある人を見受ける。
こんな事でエアデールの訓練が盛んになり様筈はないのである。
此の競技會の結果が今迄見くびられ勝であつたエアデールの訓練性能を、一般に認識させた効果は大きい。
そしてマウントフジ・ミラーの所有者及指導者の飽くなき熱情に對して敬意を表するものである。


犬
柳川さん撮影のエアデール 昭和16年

話題は翌二十四日の展覧會風景に移つた。
此の日の出場犬五十余頭。地元の新潟は勿論、東京、京都、青森、長野、甲府、福島、水戸、各方面から群雄綺羅星の如く集り来つた。然し其の多くはS犬であつて、エアデール、ドーベル各五頭と云ふに至つては誠に情けない次第である。
最後に總合最優秀犬の栄位を決定す可き、三犬種中の優秀犬が登場した。
此の決定の様式に就いて異論が出た。ドーベル党はドーベルに、エアデール党はエアデールに、シエパード党はシエパードに、此の栄誉を担はせ度いのは人情の然らしむる處である。
そしてシエパードが之れを獲得するに至つた。決定に際しての放送は次の様なものであつた。
「總合最優秀犬の決定は、過去の賞歴と出陳頭数の割合からシエパードに致します」
一寸出陳者は呆気にとられたのである。

過去の賞歴と出陳頭数の多少が總合優秀犬を決定するものとしたら、敢て展覧會の開催を必要としないのである。
審査は何の為に行ふのであらうか。
又勝敗の何れに決定さるゝとしても、堂々最後迄互に輸贏(※勝敗)を争つて優勝してこそその優勝に價値があり、敗るゝも又悔なきものなのである。
展覧會は今日を競ふものである。過去の賞歴がなんだ。
頭数の多いと云ふ事は必ずしもその選定犬の優れてゐる事を証拠立てるものではない。
元来、S犬、D犬、A犬を比較して優勝を決すると云ふ事が無理なのだ。

然し嘗て東京展に於て、エアデール・テリアCh(チャンピオン)、ストツクフヰールド・アリストクラフトは、獨逸ジーガー、オーデインを破つて優勝した事がある。
クラツトの歩様が最後迄乱れなかつたからだ。此の激闘、此の審査によつてこそ優勝犬の價値があるのだ。

今後總合再優勝犬を決定する場合は斯くありたい。それからこれは問題は違ふが、審査員は審査によつて、他人の愛犬の順位を決定する権限を持つものである。と同時に審査報告を発表す可き義務も又負はねばならない。然るに往々審査評の発表を敢てしない審査員を見受ける。これは甚だ遺憾至極な事であり、又出陳者側の期待を裏切るものと云はねばならない。

それから自己の審査担当部門に自己の所有犬を出陳せしめて順位を決定するが如きも慎むべき事である。今回の新潟展には斯様な事はないが、よく地方の展覧會に於て見受けられるのである。
斯くの如きは常識から云つて回避すべき問題だ。
いやどうも甲論乙駁中々うるさい事でした。

秋の夜長もこんな話で三更に及んだ。
新潟もガソリン節約で夜はタクシーが動かない。自転車にサイドカーを付けた更生車と云ふものに乗つて宿に帰つた。
こゝにも戦時色が横溢してゐるのを見た。

柳川彦太郎「新潟展の印象」より 昭和16年


總合最優秀犬決定のくだりは酷いですね。いくら当時のドーベルマン愛好家がシェパードに対抗心を燃やそうと、こんな不公平がまかり通っていてはヤル気も失うでしょう。オマケにエアデール愛好家まで怒らせてますし。

あと、サイドカー付自転車って何だろう?ということで「更生車」をググってみましたが、色々なタイプがあったんですねえ。