これまで動物園における戌年記念展示会や甲府動物園ウルフドッグ作出実験を記事にしましたが、今回は「どうして動物園では犬を飼わないの?」というオハナシを。
日本人道會、東京市ポチ倶楽部、動物虐待防止會、上野動物園、警視廳獣医課及び犬の相談所といった動物愛護・畜犬行政の錚々たる面々が集った座談会からの抜粋です。
動物園の役割を考える上で、このような記録を掲載するのもムダではないでしょう。
しかし、昔の日本人もマナーが悪かったんですねえ。10年間で投石が激減した証言だけでも、動物愛護教育の大切さが理解できます。



白木正光記者

古賀さん、動物園から見て、日本人はどうですか。
上野動物園・古賀忠道園長
檻へ入れて飼つてある動物を見るといぢりたいといふ人が多い様です。さうやることを必ずしも虐めることと思つてゐないのです。
今は減りましたが、ライオンが寝てゐると、何とかしてそれを起してみたい。それで石を抛げたりなどしますが、その人のつもりでは虐めるのではなく、たゞ起したいだけなのです。
十年程前は、毎日掃除をすると、放げた石が塵取りに一杯あつたが、今は非常に減りました。
それから犬を中心にお話すると、動物園では犬を飼つてゐませんが、是非飼へ、といふ人があります。犬を飼つてないのは、當方の人手が足りないからで、二、三坪の檻へ入れつぱなしでは結局うまく行くものでありません。
家畜を置くには手を掛けねばならず、手を掛けずに飼つたのでは、家畜が可哀相ですから置いてないのです。
白木
動物園も愛護の設備は段々増えてゐると思ひますが、實際はどうですか。
古賀
設備としても、今のではいけません。それにかういふことも考へてみねばならぬのですが、それは人間から見て、惨酷でない飼ひ方を全體的にやつてゐますが、飼はれてゐる動物から見ると、さうでないかも知れないといふことです。
例へば檻のボルトをはづして濠にしたとします。人間としては、それで良いやうに感じますが、動物としてはそれ程ではないかも知れません。
で、まづ人の気持に叶ふやうにやる外はないのですが、それも、今日の様に狭くてはどうにも出来ません。
白木
どういふ方法で犬を飼へといふのですか。檻へ入れて飼へ、といふのですか。
古賀
檻へ入れてもよいと云つてゐます。
白木
一般人に犬の認識を深めるのが目的ですか。
古賀
さうです。
動物虐待防止會・廣井辰太郎會長
犬は何處にもゐるからよいでせう。
警視廳犬の相談所・荒木芳蔵主任
動物園に犬のゐたことがあるのではないですか。その犬の仔だと云つてゐる人がありますが。
古賀
シエパード犬がゐたことがあります。良い犬でした。今は立川の航空隊に預けてあります。
廣井
世界中の犬を飼ふと、意義がありますな。
古賀
それは大変です。馬にしろ牛にしろ色々飼つた日には、それだけで一杯になつてしまひます。
白木
フアンに云はせれば、犬を閑却してゐるといふのでせう。
廣井
さうかも知れません。
古賀
とにかく今の状態で、犬を置くのは可哀想で閑却した譯ではないのです。なまじつかの飼ひ方はしたくないといふ考へなのです。
廣井
動物園と愛犬家が提携して、その愛犬を見せるといふ風にしたら?
白木
経費の點で駄目でせう。
廣井
経費は半分持ちとするのです。自慢の愛犬を出すのだから。
古賀
その自慢があるので困るのです。これが代表犬か、といふのが出て来やしませんか。

座談會「動物愛護家と犬を語る」より 昭和11年

この座談会は日本動物愛護史における重要な記録なので、いずれ全文を掲載する予定です。