今田荘一陸軍大佐「それでは、之をあなたは何時頃手に御入れになりまして、それから訓練の手ほどきと云ふ辺迄、どう云ふ風に御苦心になつたものか其辺を承りたいと思ひます」
南謙吉氏「私の手に入つたのが丁度生後七十日でございました。昨年の五月三十日です。之に就て面白いことがあるのです。さあ仔犬の約束は出来たけれども、どうしてこちらに持つて来るか。どうも長い間仔犬を箱に入れて汽車の中で十六時間もやつたんぢやたまらないだらうと云ふので、特急で一つ送つて貰ひたいと話した所が、特急では動物の輸送は出来ないと拒絶せられて、それぢや飛行機で一つやつたらどうだらうと云ふので、飛行機の方へ交渉したが、飛行機もやかましいことを言つて居つたのですが、さあ特別に許可を得て、特別の施設をして送つて貰ふことになつたのです。最初は生後六十日で送つて来る話であつたのが、さて飛行場迄自動車で積んで行つた所が飛行機が天候の関係で出ない。
仔犬を往復自動車で運んだ為め犬が弱つて困つちやつたと云ふやうなことがあつて、又十日間恢復を待つて七十日の時に、天候晴朗の日を選んで送つて貰つたんです」
今田「特別の飛行機の施設とは……」
南「それは別に問題ないのです。箱ですな。箱の大きさとかさうして便とか何かに對する施設、外に迷惑にならぬやうな方法、勿論目方にも制限がありますが、大體そんなやうな所でありました。
是も航空會社として或は便宜に唯例外として扱つて呉れたのだか、其辺の所は私は能く分りませぬ。
兎に角さうして送つて呉れたのです。恐らく前の會報にも申上げて置きましたが、それは飛行機で軍用犬を送つたのが初めてゞはないかと思ふのですがね」
澤田退蔵氏「其前に此處から交配の為に送つたと云ふ事があります」
南「飛行機で……」
澤田「さうです」
南「それぢや、私の認識不足かも知れない。去年の何月頃です」
澤田「一昨年でしたか……・。それは會員ぢやありませぬが……」
今田「飛行機旅行の犬に對する影響と云ひますか、後の結果はどんなでしたか」
南「来ましたらひよろ〃です。動物を飛行機に乗つけると腰が抜けると云ふ話があり、ますが、あれは腰が抜けるのではなく酔ふのですな。我々が丁度船に酔つちやつて、陸に上つた時波に揺られて居るやうな氣持ちがしますが、あれですね。殊に仔犬なんかはすつかり弱つちやつて、唾液を出して、もうふら〃です」
今田「それに對する後の手當はどう云ふ風に……」
南「是の手當は私は直ぐ出して芝の上に置いて、さうして洗面器に冷い水を持つて来て口の中をすつかり洗つてやつた。それから顔から足を冷い水ですつかり拭いてやつたのです。さうして一時間程を芝の上で安静に休ませました。それから自動車に積んで自分の家に持つて来ました」
今田「食物はどう云ふ風に……」
南「食物は家に行つて二時間経つてから牛乳を一合やりましたら、それは飲みました。それから後はもう二三日牛乳でした」
今田「其ひよろ〃したやうなことをして、當り前の状態になるやうになつたのは着きましてから何時頃でした」
南「四五日の間でしたね」
今田「さうすると結論としますと、飛行機の輸送よりも汽車の方が多少時間が掛つても其方が宜くはないかと、斯う思はれますが」
南「さうです。私は飛行機で小犬を送ることは宜くない。矢張り汽車の方が宜いと思ひますね」

「昭和九年度訓練優勝犬を語る」より 昭和9年12月8日