母逝きて今また聞くや悲しき声
 吾が愛犬は永遠にかへらず
如何なればにやかくむごき犬の世は
 さだめと云へど忘らへなくに。
難波路に母をおくりて帰へり来こし
 吾が片袖のひるむ間もなくに。
何がなくて心の重く閉さよ、
 みとりもせずに逝きし吾が犬。
よび呼べどもシユツツはむなし帰へり来ず
 くにを隔てゝいづくさまよふ。
旅のまに死にし犬なれど出で征きし
 夫に知らせんすべもあらなく。
ひたすらに君に詫びつつ我胸を
 夫よあはれみとがめ給ひそ。
浅春の風もつれなき丘に立ち
 逝きしシユツツのたまを弔ふ。
やがて来ん春をも待たでこの土の
 下にし眠るたまは悲しも。
そのかみのあとたはむれし面影を
 しぬびそ下る夕かげの路。
悲しみに耐えて行かなとたどり行く
 我が行く方に光あれかし。
残されしアスを守りて吾生きん
 一つの路を只ひたすらに。
アスターよ春去り来れば草燃へん
 花も咲かましこの山里も。
山に山、野は野ながらにめぐむ春
 汝がさちいまだ盡されはせじ。

さくらK子 昭和13年



また来ん春と人は云ふ……、
と書いた詩人中原中也が亡くなったのは、この前年のことです。