普通犬名と云へば左の様に犬舎號、登録番號、訓練資格記號を含んでゐるが、本小文で云ふ犬名は「狭義の犬名」(Rufname)である事を前以てお断りする。
Ajax(狭義の犬名) von der Brigittenburg(犬舎號) KZ312(登録番号) ★SchH(訓練資格記號)

愛する者にその名前を付ける事は洋の東西を問はず、時の古今を通じて行はれる事で、名前を持つか持たないかで又その名前によつて人間との親疎の程度がよく判る。
人間では子供が生れて第一に親の頭を悩ますものはその「名前」だそうだ。
世間には相當フザけた名前もあるが、名簿などを繰つて見て、列んでゐる沢山の名前が一度は皆親の智能をしぼらせたものであろうと考へると却々面白い。

動物でも人間と親しい関係にあるものは大概名前を持つてゐる。
上野動物園の長太郎、高子、高雄の三キリンを始め、象の花子君の様に人気のある動物は皆立派な固有名詞の名前を持つてゐるが、「其他大勢」組は概念的な普通名詞に甘んじなければならない。
米國では愛用車をパツカーとかジヨンニーとか愛称を付けて呼んでゐるそうだ。
小生の友人で大学の研究室で動物心理学を研究してゐる男は、研究用のマウスの中心易い奴に「チビ公」「キヨロ公」とか云ふ名前を付けて、特別待遇してゐる。

犬でも野良公は大概、ポチ、ジヨンとか呼ばれてゐるが、之は固有名詞と云ふよりもむしろ雑種犬を意味する普通名詞として取扱ふべきであろう。
そこに行くとシエパードやドーベルマン又はエアデール等は幸せなもので、人間よりも遙かに気のきいた名前を与へれれてゐる。
それだけに名前を付ける方でも相當頭を悩ますもので、それも一頭や二頭の出産ならば兎も角、八頭九頭も生れて、後で説く様にそれ等犬名の頭字を揃へようとすれば益々以て困難となり、挙句の果てが小生如きものが名付け親の大任を押しつけられる場合すらある。
勿論シエパードやドーベルマンだからと云つて何も獨逸式の名前を付けねばならない義理合ひのものでない。
日本語で適當なものがあれば國語尊重の意味からも遙かに望ましい事には違ひないが、元来動物の名前はその原産地の國語の、又はその響きを有する名前を用ゐる事は根強い慣習となつてゐて、英國人の様に自國を重んzる國民ですら支那を原産地とするチヤウチヤウにPu yi,Chu Chow,Lung Tung,Sun Fang,Kin Wongと云ふ様な支那風の名前を付け、チンにはHaru,Taro,Sakura,Botan,Chocho等の日本風の名前を付ける。
其他アフガンハウンドにはAswakarna,Azura,Khairul等のアフガン語らしきものを付ける等、純粋種を飼ふ者はその純粋性を示す一手段としてその原産地の名前を愛用する事は強いて排除すべきではないと考へる。
特に日本語では犬の名前としては差支へのある言葉があり、又我々日本人の國語に對する感情から、犬名としてピツタリする言葉が少いのに反して、獨逸風の名前には如何にもシエパード犬らしいものが多く、従つてその選定も容易である。
一方犬名にはこの愛称としての意義の他に更により重要な意義がある。
即ち犬籍簿登録制度に於ける犬名の重要性である。
犬名は戸籍に於ける姓名にも比すべきもので、犬籍登録上不可欠要件の中でも最も重要なものである。
が、之に就いては他日に譲つて、今回は具體的に犬名の付け方に就いてその注意事項を列挙しよう。
(以下入力中)
刈田尚志「犬名を付ける時の参考迄に」より 昭和13年