日本水産が昭和13年頃に発売した「ヒノマル印ドッグフード」に続き
昭和16年に三井物産厚生食糧研究所が開発した国産ドッグフードが「軍犬口糧」です。
帝國ノ犬達-ドッグフード


画像の様に、戦前・戦中から各種の日本製ドッグフードが市販されていました。
この軍犬口糧は、中村屋カリーで有名な新宿中村屋が店頭販売していたモノ。
戦時下の中村屋で、何故にパンやカレーに混じってドッグフードが売られていたのかといいますと、実は、同店の社長であり日本シェパード犬協會の理事でもある相馬安雄氏がこのドッグフードのテストを担当しており、飼糧確保に悩む愛犬家の為にひと肌脱いだのでした。

帝國ノ犬達-犬ビスケット

新宿中村屋では、戦前の昭和10年頃から「新宿ボルガ製インネンドルフ犬ビスケット」を店頭販売していました。
ドッグフード取り扱いの経験があったことで、戦時中も販売を継続したのでしょう。

東京の某大官、或る日曜ハイキングに出掛ける途中、新宿中村屋に何か晝食になるものをと思つて飛込んだ。
友人との約束時間が迫るし、あれかこれかと探す内見付けたのが普通よりも形の大きなビスケツト。
名も「大ビスケツト」とある。
これは適當と早速二包買つて、リユツクサツクに収め意気揚々山登り。
さて頂上で晝食となつたが、此ビスケツトどうも堅くて歯が立たない。仕方がなしに友人の弁當を貰つて食べ、ビスケツトはガイドにやつて仕舞つた。
それから數日の後、彼氏はS犬を飼つて居るH氏宅にて同じビスケツトを見た。
曰く「インネンドルフ犬ビスケツト」
相馬さん(※新宿中村屋社長・日本シェパード犬協會理事のこと)に御願……、犬の「’」をもう少し大きく書いて貰へませんか。
テンデ判らない人はこんな間違ひが出来ます。

センリヤマ「難出問無咄」より  昭和10年

日本ドッグフード史の記録として、軍犬口糧開発の経緯を記載しておきます。


帝國ノ犬達-軍犬口糧

軍犬口糧の誕生に就いて
JSV副會長 足立正

軍用適種犬の大多数を占める、獨逸シエパード犬が輸入されて二十年を経過せる今日、優秀犬作出程度に於て、今尚原産地獨逸と我國との間に相當の懸隔が認められるのには色々の原因があると思ふが、先づ第一に飼糧の欠陥が挙げられて居ります。
乾燥した体躯と強度の耐久力を要求せられる作業犬、特に軍犬の為めに「汁かけ米飯」の如き水分の多き澱粉食が不適當であり、却つてこれこそ一の代用食に過ぎない事は、犬が本来肉食獣である點に鑑みても明かな事でありますが、夫れにも拘らず、残飯飼育が奨励されるかに見えるのは世間一般の人々に飼育の簡易感を与へ、専ら犬種の普及に努めなければならない我國の情況に於ては之亦已むを得ない事であつたと思ひます。
然るに今次事変も五ケ年を重ぬる今日に於ては、事情は全く一変し、人間食料確保の為めには一粒の米すら犬に給与することを許せない状態に立至つて居るのであります。
茲に於て本協會は、獨逸畜犬連盟の現行例を参考として、人間食料以外の資材による飼料を研究し、犬の食料問題を解決すると同時に、日本軍犬に對する適正飼料の発見を企圖したのでありますが、幸ひ前馬政課長工藤大佐殿の御声援並に三井物産厚生食料研究所の御協力を得て、今回漸く略満足するに足る口糧を獲るに至りました。
本品は時局柄軍犬口糧と名付けられて居るが、軍犬の発達は常に一般愛犬熱の消長に左右される可きでありますから、食糧関係で犬の飼育を躊躇さるる方には、本品を利用して資料問題を解決し、以て我が軍犬の為めに益々愛犬熱を高揚せられむ事を切望する次第であります。

軍犬口糧の製造に就いて
三井物産厚生食料研究所
理事 町田左一

現時局下に於て人間食料以外の資材を原料として、犬の栄養食を作り、我ケ國軍犬の素質向上に資すると共に、消極的乍ら今日の食料政策の一助とも成る事は、本研究所使命の一端でもあるところから、協會の御依頼に応じて、軍犬口糧の研究に着手したのでありますが、六ケ月の苦心を終へて此の程漸く製造販売に迄漕ぎ付けた次第であります。
本口糧は下記分析表の如き内容を持つて居りますが、主原料は乾燥魚類であります。
戦時下に在る海國日本の資材関係、価格其の他よりして、今の所是以上は望まれないのではないかと考へますが、尚不満の點は新材料の発見、研究、需要者の希望等により漸時改良し、遂には理想食の作出に迄到達致し度いと思つて居ります。
本品の製造に當り、犬の下痢の重大原因と目されて居る「脂肪の酸敗」を防ぐ為めに特許處理法を講じてある事は些か自負を以て、愛犬家諸賢に申上げて置き度い點であります。

分析表
1.水分 7.090%
2.灰分 7.500%
3.粗蛋白 23.129%
4.粗脂肪 2.775%
5.炭水化物 59.506%
(内澱粉質物) 41.995%
365カロリー

軍犬口糧の給与法(實験に基く)
相馬安雄

1.量
成犬一日分……450瓦前後
米食を主食として居た、多くの胃拡張犬にとつては如何にも少量の様に感ぜられ、犬の満足感を得る為めには、二倍以上を必要とするかの様であるが、三、四日継続すると大体右の分量に落付いて来る。
動物蛋白質が断然豊富に含まれて居るからである。
2.用法
本口糧に馴れれば、犬は現品の儘でも良く食べるが、多少の加工を為す方がよろしい。
即ち適量の湯を加へて一寸火にかけて与へるのである。
併し従来の食事から容易に移行し、而かも一番犬が喜ぶのは家庭のあらゆる残肴、汁、野菜の切れ端等一物も棄てずに鍋に入れて充分煮て置き、本口糧給与に際し、右煮汁をかけて与へるか或は煮汁中に本品を投入して一寸火にかけて与へる方法である。
3.注意
本口糧に對して、食い付きの悪い犬は一日完全なる絶食をさせれば良く食ふ様に成る。
加工せず現品の儘給与する時は、食後給水が必要である。
實際に戦場で使用される軍犬は平素此の程度の乾燥食に馴れさせて置き度いものである。
離乳期の仔犬には、本品を牛乳で加工して与へるのが良い。
本品の給与に依つて犬が痩せた様な様子が見えても標準体重以下に減らない限り心配は要らない。
従つて、太つて居た時より必ず耐久力が、増加して居るからテストして見るが良い。
本品には、ビタミンCが少いから、野菜或は草の類を時々給与する必要がある。
少量の緑茶も面白い。
犬の咬筋の発達、及唾液の分泌を促す為め、時々骨或は臓器の類を食はせるのは理想的である。
以上の給与法は、獨逸シエパード犬種の成犬を標準としたものであるから、犬種の別、大小、老幼に従ひ適宜塩梅す可きである。

昭和16年