生年月日 不明
犬種 シェパード
性別 牝
地域 東京府
飼主 文殊川巡査


淀橋警察署の文殊川巡査と云へば「あゝ犬のお巡りさんか」と云はれる程の有名な存在であり、時節柄繁忙を極める激務の傍ら、一刻愛犬と別れ居ても時計のセコンドが止まる思ひを遠く我が家の犬舎に馳せる程の頼もしき愛犬家であるが、訓練の方も今回の(九月二十六日)軍犬候補検査に二頭を引具して参加。
二頭とも合格、特にその一頭である愛犬ブリツツ・フオム・ヘクセンバツハKZ二一九九二★は抜群の成績だつたと云ふし、その道に於いても並々ならぬ手腕の持主である事を証明したわけである。
次に氏と愛犬ブリツツ・コンビの手柄話の一節を紹介しよう。
去る九月二十五日、と云へば氏にもブリツツにも最初の軍犬候補検査の前日だが、自動車取締りの規則が改正されて深夜の流し円タクの取締り勤務に服し、疲れた身體を我家に運んだのがその日の午前七時、普通なら早速蒲団の中にもぐり込むのだが、流石は愛犬巡査、家に着くなり犬舎に飛び込み、ブリツツの主人への媚態を愛撫で応へ乍ら運動に連れ出した。
しばらく朝風に胸をふくらませ乍ら歩いてゐると、角筈一丁目のある路地で二人の男が突き合ひをやつてゐる。
オヤと思つてゐると、一人の奥さんが飛んで着て「宅は警視庁の官房に勤務してゐる者ですが、今怪しい男が居たので訊問した所打つて掛つて来たのです。取押へて下さい」と云ふ訳で早速駆けつけて、その人相のよくない男に「君はこの人が警視庁の方だと知り乍らどうして抵抗するんだ。一寸署まで来て貰ひ度い」と連行した。
ブリツツとは見れば日頃の訓練もかう云ふ場合に役立てねばと云ふ風に、その男の頭から足先まで一寸のすきも無い様に監視し乍らついて来る。
或る曲り路に来た時、その男が「何を!」と文殊川巡査に突掛つて来た。
その時、間髪を入れずブリツツの堪忍袋の緒は切れて、その男の右の手にガブリと行つたものだ。
これですつかり怖気付いたその男は後は従順しく署までついて来た。
調べて見るとこの男は前科を持ち、背中に入墨をしたしたゝか者、その日は別に犯罪をした模様はないが、その近くの家の庭に潜伏して居た事が判明した。
文殊川巡査は「これでは手柄話にもなりませんよ」と謙遜したが、ブリツツのこの初手柄に続いて軍犬候補もパスして、この頃すつかりホガラカだそうだ。

K記者「ブリッツの初手柄」より 昭和12年