今年の7月、芸能人の杉本彩さんが「動物愛護の現状を改善したい」と訴えたニュースが報じられておりました。

杉本彩さん「犬や猫の殺処分は、少なくとも麻酔薬による安楽死にしてほしい」
http://blogos.com/article/91227/

BLOGOSではピント外れなタイトルを付けていますが、内容は麻酔薬が云々ではなく「動物愛護に関する法的な整備や組織が欠けている」というハナシでしたね。
面白いなあ(失礼)と思ったのが
東京でオリンピックが決定しましたけれども、せめてオリンピックまでには、この殺処分の状況がほぼゼロに近くなるという改善が見られない限り、外国からお客様をお迎えするときに、本当に恥ずかしいと思います」
という部分。

実は、幻に終わった1940年東京オリンピックの前にも似たような事が言われていたんですよ。
「このままでは日本が野蛮国に見られてしまう。オリンピックまでに廃犬の殺処分法を改善しよう」と。
※なお、当時の畜犬行政は保健所ではなく警察署の管轄でした。警察力が必要なほどに狂犬病対策は大変だったのです。



警視廳獣医課では数年前から野犬狩の網にかゝり、たゞ撲殺の運命にある年三萬からの可憐な無籍ものゝワン公の中に、十分一般愛犬家の愛犬として價値あるものが多数あり、又畜犬票をなくしたゝめに誤つて捕獲されたらしい立派な家庭犬も往々にして見かけ、それ等を法規の命ずる儘に、一律に撲殺することは如何にも忍びないこゝとして、特に警視廳獣医課「犬の相談所」に申込めば、野犬の収容されてゐる化製所(※家畜の遺骸処理施設)を紹介して、適當の犬が求められる便法を設けた。

しかし一般人はかゝる便法を知らず、知つても一々警視廳に申込むのをおつくうがり、又よし申込んで化製所に行くとしても、そこに多数の犬が収容されてゐるのを見ると、余りにも傷心になつてこそこそ逃げ帰ると云ふ有様で、折角の名案も一向はか〃しい結果が得られない。

これではならぬと、更に積極的に街に進出して犬の飼主を探さうではないかと云ふことになり、現在活動している唯一の動物愛護團體である人道會(※実際は動物愛護会も活動していました)とタイアツプして、愈よ市中の盛り場附近で犬のオープン・マーケツトを開くことに具體案が一決し、六月末か七月匇々第一回が催され、成績がよければ日を決めて月三回位開催する。
當日はあらかじめ定められた、公園、空地等に家庭犬として相応しい犬を一定数化製所から連れて行き、人道會の人達が売子になつて一般愛犬家の来観を俟つと云ふわけ。

實現の暁は定めし珍奇なる愛犬風景が展開するであらうし、犬の欲しい人達は、こゝでごく僅少の手数料で自分の欲しい犬が選りどりで入手出来、又死の直前にあつた犬は急転、温い飼主に引取られるのである。
誠に機宜を得た直接的な動物愛護の方法と云はねばならぬ。

警視廳犬の相談所主任荒木芳蔵氏談
「場所は人道會が東京市その他に交渉して探して呉れることになつてゐます。人道會にお願ひしたのは、こんどの試みが、飽くまで犬の愛護から出発した事業だからで、営利を目的としない愛護團體にお願ひしたのです。
無論いろ〃至らぬ點もありませうが、やつて見て世間の評判を聞き、段々改善して行く積りです。
又これが巧く行けば、一層大規模に畜犬商の手を煩はすやうになるかも知れません。又萬一あとになつてもとの飼主が現はれた場合は、もとの飼主に費用丈け拂つて貰つて返すことに最初から約束して置きます。
今度のことが新聞で発表されると、早速ニユース映畫にとつて世界に配給するといふ相談をもちかけられたり、反響の大きいのに驚いてゐる次第ですが、
是非オリンピツクまでに、かうしたことから日本人の動物愛護運動を具體化させて、来遊の外人に愛犬日本を目のあたり見せたいものです

「愛犬日本を世界に紹介するオープン・マーケツトの計畫」より 昭和12年

で、この里親探し会は実際に開催されました。直後に日中戦争へと突入するのですが、戦時にも関わらず各県へ広がっていたことも記録に残っています。
マーケットで売れ残った犬は再び収容施設へ戻され、殺処分へ。その毛皮は楽器(太鼓・三味線)や手袋用に、肉は肥料に、脂肪は石鹸の材料として市場へ流通していました。

それでも、野犬マーケットの始まりは動物愛護運動にとって一歩前進であったのです。

人道會が警視廳獣医課と提携して始めた野犬のマーケツトは、その後も毎日曜日省線中野駅脇空地にて開催。
今日までに合計百数十頭の犬が純心な愛犬家の家庭に引取られて幸福な生活を取戻した。
警視廳では野犬と同時に畜犬商組合等で優良犬のマーケツトを開き、愛犬趣味を一層普及向上させやうと云ふ意見を持つてゐる。


昭和12年

明治時代は街頭での撲殺処分だった野犬駆除も、大正時代には捕獲後一定の救済期間を置いた撲殺処分へ変更。
続いて東京オリンピック開催前に欧米式の炭酸ガスによる安楽死処分(しかしコスト面で頓挫)や不要犬の里親探し制度が導入されるも、この辺で戦時体制下へ移行して有耶無耶に。
敗戦後、「日本人は野犬を撲殺している」との海外報道を受けて炭酸ガス方式が本格導入され、現在へ至っている訳です。すべては西洋の価値観を受け入れて来た結果なんですね。

海外からの評価をとても気にする我が国において、「国際的な晴れ舞台」であるオリンピックは動物愛護を発展させる節目ともなっております。
「外国に恥を晒しやがって」と反発を喰らう分だけ、外国特派員協会の場を選んだ杉本さんの戦法は非常に効果的でした。オリンピック開催までが勝負ですから、どんどん諸外国へPRしていただきたいです。
「欧米を見倣え!」とか言っている動物愛護家は、日本が欧米の不要犬処分を見倣ってきた過去を知り、その流れを再利用するとかどうですかね?
せっかく先例があるんですから。