【日本陸軍 軍馬用防毒装具解説  第一回】

「戦争の犬達・化学戦」編では、日本軍犬の防毒装備について取り上げました。今までは訓練や運用法が中心でしたので、この項では実物を使って解説します。
ここは犬のブログですから、本来紹介すべきは犬用の防毒具。しかし私の手許にあるのは馬用ガスマスクのみなので、ここだけは“帝國ノ馬達”ってことで。

長くなるので
・馬匹用防毒具の開発史
・九一式馬用防毒面(ガスマスク)
・九七式馬用防毒被(防毒シート)
・百式馬用防毒脚絆(防毒ゲートル)
・馬用防毒眼鏡(防毒ゴーグル)
にの解説に分けますね。

まず第一回目は馬用防毒具の開発史について。
 

帝國ノ犬達-馬用防毒具

●空気中へ散布された糜爛剤から軍馬の身体を護る日本軍馬用防毒被(ガスシート)。「前(頭部)」「中(胴体)」「後(腰部)」と呼称される3パーツを組み合わせた状態で撮影しました。
さすがに馬鹿でかいです。馬用だけに。
 
比較
●地表へ散布された糜爛剤(マスタードガス)から軍馬の脚をまもる100式防毒脚絆。
 
化学兵器は、人間だけではなく動物にも被害を及ぼします。各国軍隊では、そちら方面に関する研究にも取り組んでいました。
日本軍の場合は下記のとおり。
 
實驗及文献ニ依レバ各種毒瓦斯ノ馬匹ニ對スル作用ハ概ネ次ノ如シ。
a クシヤミ瓦斯ノ作用ハ輕微ナリ。
b 催涙瓦斯ノ眼ニ對スル作用モ亦輕微ナリ。
c 窒息瓦斯ノ作用ハ著大ニシテ呼吸器ヲ侵シ、遂ニ致死セシムルコトアリ。窒息瓦斯中ホスゲンノ如キハ其ノ効力最モ甚シ。
d 液状糜爛瓦斯ハ皮膚ヲ糜爛セシム。皮膚ノ中比較的障害ヲ被リ易キヲ四肢ノ下部トス。
瓦斯状糜爛瓦斯ハ呼吸器ヲ經テ體内ニ入ルトキハ障害ヲ惹起スルコト勿論ナリ。然レドモ皮膚ニ對スル障害ハ著シカラズ。英國ノ文献ニ依レバ、歐洲大戰中馬ノ糜爛剤ニ依リ傷害ヲ受ケタル實例ハ多ク泥濘地ヲ行進セル後ナリト。
我國ニ於ケル實驗ニテ氣温著シク高キ時期ノ外、瓦斯ニ依ル皮膚障害ハ明カナラズ。然レドモ液状糜爛瓦斯並撒毒泥濘土ノ皮膚ニ付着セル場合ニハ其ノ障害著明ナリ。土砂ニ水分少キ場合ハ撒毒土皮膚ニ触ルゝモ被害少シ
 

陸軍獣医学校化学戦教範『第二節 各個防護 第一 馬匹防毒面並防毒脚絆(昭和15年)』より



●化学戦演習中の日本軍馬。防毒ゴーグルの馬だけは、九一式とは異なるガスマスクを装着しています。

今回紹介するのは騎兵用の「乗馬用防毒具」ではなく輸送部隊の「輓駄馬用防毒具」。
文字通り、乗馬ではなく輓馬や駄馬が使う防御用の装備でした(軍事上、輸送部隊の馬が先陣切って突撃するなどあり得ませんので)。
まあ、軍馬の歴史を論じる以上、基礎知識である「乗馬」と「輓馬」と「駄馬」の違いくらいは御存知かと思いますけどね。
……などとイヤミな書き方をしておかないと、軍馬の知識もないのに軍馬用ガスマスクを語り始める人が出てくるので念のため。
軍用動物史は歴史裁判ゴッコの道具ではないのです。

馬
●騎兵隊の防毒装備はこんな感じですね。
 

第一次大戦における化学戦は、凄まじい惨禍をもたらします。窒息性ガス、糜爛性ガス、嘔吐剤などが次々と投入され、兵士たちはバタバタと斃れていきました。
軍用動物も同じこと。数多くの軍馬や軍犬や軍鳩がその犠牲となったのです。
後に化学兵器の使用を禁じるジュネーブ議定書には署名したものの、欧州大戦での威力に注目した日本陸軍は化学兵器の研究に着手(議定書では「生産保有」を禁じていませんでした)。
軍用動物の防毒装備開発もスタートし、大戦終結後にヨーロッパへ派遣された調査団によって多くのデータが持ち帰られました。
昭和に入ると大量の化学兵器が製造・配備され、その一方で防護法や治療法の開発も進みます。
 

※動物用ガスマスクについて取上げるなら、併せて化学兵器の犠牲となった動物達の姿も知らせるべきだと思います。
不快な画像を多々掲載しますので、苦手な方は此処でお戻りください。

帝國ノ犬達-ホスゲン中毒
●ホスゲンによる被害を受けた馬(リヒタース著『化學戰と軍用動物』より 昭和20年)。

しかし、実際に日中戦争で何が行われたのか、日本軍の生物化学戦に関する全容は明らかにされていません。今もなお、化学戦の有無・規模の大小などを巡って論争が続いています。
そんなモンに首を突っ込む気はないので、当ブログでは「こんなモノがあった」という装具の解説のみにとどめておきますね(犬のブログなので)。

 
【軍馬用の防毒具アレコレ】
 
化学兵器には呼吸器系を冒すもの以外に、皮膚からも浸透する糜爛剤や神経ガスなど幾つもの種類があります。
それらに対抗する軍馬用の防毒具も、防毒マスク以外に防毒シートや防毒ゲートルや防毒ゴーグルなど色々な装具で構成されていました。
大小複数のパーツで構成されることが誤解を招き、軍馬の足を護る防毒脚絆が「犬用ガスマスク」と称して流通されているのを見た事もあります。
軍馬用覆だけでも防毒用からカモフラージュ用まで複数タイプが存在しているんですよね。混乱する筈ですわ。
 

帝國ノ犬達-軍馬
●防寒か防暑か偽装か、何だかよく分らない馬用覆。

帝國ノ犬達-軍馬
●こちらは雪中戦カモフラージュ用の白色偽装覆。

雪
白色偽装覆を纏った日本軍馬。なんか、パチモンのパンダみたいになってます。
 

帝國ノ犬達-軍馬

●各種の馬用覆を並べてみました。迷彩から防毒まで、日本軍は様々な軍馬用カバーを開発していたんですね。

さて。
上に掲げてあるような軍用動物の防毒装備を見たとき、軍事智識や歴史認識などによって捉え方は人それぞれだと思います。

「毒ガスを散布した地域に騎兵を突出させる為の、攻撃的装備に違いない」
「敵の化学兵器攻撃を受けた場合を想定して開発された、防御用の装備だろう」
「ナウシカの瘴気マスクみたい」
「馬が可哀想。酷い扱いを受けていたのね」
「これだけの労力と費用をかけて、軍馬は大切にされていたんだな」
「旧軍が化学戦をやっていた動かぬ証拠だ!ケシカラン!」
「何が珍しいんだ?こんなモノ、どの国でも配備していたじゃないか」

馬
MⅡガスマスクを装着したアメリカ軍の軍馬。1940年

そう、これらの装具は機密でもなんでもなかったのです。
第一次大戦を機に、連合・枢軸軍を問わず各国の兵士はガスマスクを携行するようになりました。
銃後においても、空襲に備えて民間用ガスマスクが配給されています。古い家なんかでは、押入の奥から戦時中の防毒面が出てきたりしますし(我が家の物置からも出て来ました)。
けっこう身近に防毒装備がある、というのが当時の状況でした。

軍馬、軍鳩、軍犬に関しても事情は一緒。
第一次大戦では、夥しい軍用動物が化学兵器の被害を受けました。その為、各国軍隊では動物用防毒具の研究を開始しています。

帝國ノ犬達-軍馬

因みに、我が国でも軍用動物の化学戦マニュアルが配布されていましたし、情報も公開されていました。
画像のとおり、防毒装備の軍馬が子供雑誌の表紙になった事もあります。

もちろん大陸の戦線にも支給され、中国軍やソ連軍との化学戦に備えていました(昭和12年頃の新聞にも“防毒軍馬に関する戦地便り”が掲載されています)。
日本の軍用動物史を学ぼうとしない現代のマスコミが、「極めて珍しい」とか「旧軍の極秘装備発見!」とか騒いでいるだけなんですよ。


その日本軍の馬匹用防毒具は、「呼吸器と皮膚の防護を目的とした防毒マスク」「防毒覆3ピース(頭部、胴体、腰部)」「防毒脚絆」「防護眼鏡」「携行袋」で1セットが構成されています。
大袈裟にも見えますが、化学兵器は身体のあらゆる箇所へ害を及ぼすのです。顔だけ覆えば安全という訳ではありません。

それでは、実物の軍馬用ガスマスクで説明しましょう。
 
【各国の軍馬用ガスマスク】


帝國ノ犬達-馬用ガスマスク

撮影スペースがこの机しかないのです。
 

部屋が狭いのでゴチャゴチャしておりますが、上の画像はアメリカ、ドイツ、日本の各国が開発した軍馬用ガスマスクです。
画像手前の革製ポーチ(濾過フィルター収納用)×2とホースで連結されているのがアメリカ軍の「M4ガスマスク」。黒い水道栓みたいなのがドイツ軍の「M38ガスマスク」。綿製のコーヒー豆袋みたいなのが日本軍の「九一式馬用防毒面」。
機能集約型のドイツ、分散型のアメリカ、簡素化の日本と、各々の運用思想が現れているような……。

帝國ノ犬達-馬用ガスマスク

 
そしてこちらが日本軍の馬用ガスマスク。中身が空っぽの布製バケツみたいな物体です。

馬は鼻で呼吸する為、呼吸器を護るには鼻先だけを蔽うマスクで十分でした(口と鼻で呼吸する人間や犬の場合、顔面を蔽うガスマスクが必要となります)。

防毒面

 

また、眼や皮膚から浸透する糜爛剤や神経ガスに対しては、防毒覆面や防護眼鏡を併用していました。
防毒マスクと防毒覆面はこのように組み合わせます。

帝國ノ犬達-馬用マスク

●実際の日本軍馬用ガスマスク着用例。上顎に噛ませるかたちで装着します(昭和6年)
 
ガスマスクのイメージといえば、「顔面を覆う、フィルター付きのゴム製マスク」でしょう。しかし、九一式防毒面はあまりにもシンプルな構造ですね。
日本軍の場合、砂塵や埃から馬の呼吸器を護る防塵用マスクが日露戦争で登場しています。外見は後年の防毒マスクとほぼ同じ袋状。要するに明治時代からあまり進化していません。
しかし、この形状へ至るまでには試行錯誤が重ねられたのです。


帝國ノ犬達-馬マスク
●こちらはソ連軍の軍馬用ガスマスク。日本軍のモノと似たようなタイプです。
 

馬用ガスマスク 馬用ガスマスク

●ドイツ軍のM38馬用ガスマスク(携行ケースに収納した状態)

馬用ガスマスク
●米軍のM4馬用ガスマスク

 
【日本の軍馬用防毒具開発史】
 

対化学戦の研究を始めた日本陸軍獣医学校は、第一次世界大戦におけるフランス軍馬の被害に注目しました。
参考となった資料が、同軍軍馬4662頭を調査した仏軍獣医マルセナックの統計です。
 

窒息性ガスによる被害(1916年7月~1918年11月)
・27ヶ月半の期間 障害馬數137頭 死亡32頭 後送28頭
・月平均 障害馬數4.98頭 死亡1.16頭 後送1.02頭

糜爛性ガスによる被害(1917年9月~1918年11月)
・13ヶ月半の期間 障害馬数1685頭 死亡1頭 後送60頭
・月平均 障害馬數129.16頭 死亡0.07頭 後送4.45頭

 

上記佛國一部の統計に依れば
A 糜爛瓦斯に因る障害馬に因る障害馬數は窒息瓦斯に因るものに比し著しく大なり。然れども之に依る重症馬、就中斃死馬は僅少なり。
B 窒息性瓦斯障害馬中には重症馬數殊に斃死馬數頗る大なり。
以上の如く馬匹に對する毒瓦斯効力を考察するときは、馬匹に在りては殊に目、呼吸器及四肢の防護を肝要とす。尚馬匹防護上人に於けるものと稍々趣を異にするする諸點を擧示すれば次の如し。
A 馬匹は毒瓦斯に關し精神上の交感を有せず。
B 文献に依れば、毒瓦斯に對し馬匹は人よりも強し。
C 馬匹は運動性大なり。
馬匹は迅速に運動し得るを以て瓦斯攻撃を受くる處ある地點を迅速に通過し、或は之れを避け又瓦斯滞留地域を迂回し以て瓦斯防護を全ふし得ることあり。然れども此の如きは常に實施し得べき方法にあらざるを以て技術的防護法の準備を必要とす(日本陸軍獣医学校)

 

こうして馬匹防毒具の研究は進められました。外国の軍馬用マスクも参考に、いろいろと比較検討された模様です。
同時に、化学兵器の被害を受けた軍用動物医療の研究も重ねられました。その過程で、どれほどの実験動物が犠牲となったのかは不明です。
マウスなどの小動物だけではなく、実際に馬や犬を用いた毒ガス実験も進められました。ホスゲン(窒息剤・あお劑)を投与された軍馬・米村号と北谷号の事例を取り上げましょう。

馬

ホスゲン中毒の治療研究にて、実験台となった軍馬「米村號」。呼吸困難の症状により、気管を切開されています。
 

馬

米村號の切開部に嵌められた通気・排液弁。
陸軍獣医学校『馬の酸素吸入法に就て(昭和16年)』より


米村への治療はホスゲン投与から25時間後に開始。鼻カテーテルによる酸素吸入に加え、気管切開による粘液の排出と酸素濃度の測定がはかられています。

馬
米村號の治療データ

このような犠牲と労力を費やしながら、治療と防毒の研究は続けられます。
ガスマスクの吸着濾材として筆頭に挙げられるのは、今も昔も活性炭。しかし、ドイツ軍やアメリカ軍と違って日本の軍馬用マスクは活性炭フィルターを採用しませんでした。
「活性炭濾過方式だとマスクの構造が複雑化し、呼吸の妨げにもなる」という理由で、他の方法を模索したのです。

帝國ノ犬達-国防館
●戦時中の国防館に陳列された、兵士、一般市民、馬、犬用の各種防毒具。犬用ガスマスクは95式犬用防毒具と違うタイプですね(そちらは化学戦編にて解説します)

 

馬匹の呼吸器を防護するには、次の特性を考慮せざるべからず。
A 馬匹は鼻のみにて呼吸す。
B 馬匹の呼吸量は安静時毎分概ね九○位、激動時毎分三○○乃至五○○にして人に於ける依りも著しく大なり。
C 馬匹は呼吸抵抗に對する苦痛に敏感なり。應用材料を以てする呼吸器の應急的防護法として大戰間実用若は研究せられたるものに
イ、湿潤せる毛布類を馬の鼻部に巻付く。
ロ、飼袋中に湿潤せる草及藁等を容れたるもの装用す。
ハ、鼻腔に湿布を以て栓を施す(鼻栓法)等の諸法在り。
然れども
a 應用材料と雖、豫め準備し置くに在らざれば火急の用に應じ難く。
b 應用材料は馬匹に對する定著困難にして氣密良好ならず。
c 馬匹の呼吸量著大なるに依り、本法就中鼻栓法の適用には多大の困難を伴ふを以て、應急法の防護は確實なるものにあらず。
上述イ及ロ法は瓦斯戰の初期應用せられたるも、瓦斯戰盛んなるに及び此れ等の應急法は馬匹防毒面と代るに至れり。呼吸器の防護に任ずべき馬匹防毒面に具備すべき要件は、大體人員防毒面に於けると異ることなしと雖、諸種の關係上其の結構及機能には兩者の間に多大の差異在り。
先づ毒物吸収剤として活性炭を使用することは大いに望む所なりと雖、構造複雑、呼吸抵抗大等の爲、未だ實現を見ず。活性炭を用ふることなく毒物を除去するには、織布ヘチマの如き多孔性物料に毒瓦斯吸収溶液を浸潤したる層を通して呼吸を行ふ如くす。吸収溶液に依るときは構造簡單堅牢輕量のものなるも吸収溶液より來る次の如き不利あり。
a 吸収溶液の除毒能力は瓦斯の種類に依り異り、活性炭の如き共通能功を有せず。例へば塩化ピクリンの如きは之を吸収し難し。
b 豪雨に洗はれたる時及著しく乾燥するときは共に其の効力減退す。
然れども、吸収剤の選定を適當にするときは馬匹呼吸器に對する主毒物たる窒息瓦斯(ホスゲンの如き)に對し充分防護の目的を達し得べし。


帝國ノ犬達-馬用マスク甲乙

次に吸収剤として溶液を採用するとき、防毒面の型式を大別すれば二様あり。
一は鼻孔及口全部を包む式(甲)とす。
其の要領上圖の如し(陸軍獣医学校 昭和15年)」

こうして試作されたのがヘチマを濾材とした「甲式馬匹防毒面」。写真が見つからないので文章のみで解説します。

 

歐洲戰末期に於て急速に制定せられたる本邦馬匹防毒面は甲式に属するものにして呼氣辨吸氣辨を有し、吸収剤層は特に挿入せるヘチマ繊維に下記配合の中和劑を湿潤せしめたるものを以て構成す。
大豆油 一○○
グリセリン 一○
四五%アルコール 五
七%苛性カリ(又はソーダ) 三五
アンモニア(比重八・八ノモノト水との等分液) 三滴
此の如き吸収剤を用ふるを以て本防毒面は塩素ホスゲン等に對し有効なり

 

しかし、この甲式防毒面も活性炭濾過タイプと同じく構造が複雑であり、性能が疑問視されていました。

 

本防毒面の主なる缺點を擧ぐれば概ね次の如し
A 容積重量比較的大にして運搬携行不便なり。
B 構造複雑にして破損し易し。
C 吸収剤層の斷面積小にして、層高比較的大且吸収剤に油を使用するを以て呼吸抵抗大なり。
尚、甲式に属するものに仏國デコー馬匹防毒面あり。本防毒面は本邦甲式馬匹防毒面と異なり、呼氣弁及吸氣弁を有せず、又吸収剤層としては防毒面本體を利用して本體を構成せる織布にニツケル塩とグリセリン溶液とを浸潤するものなり。本式は前述本邦制式のものに比し、構造單簡且呼吸抵抗小なるもの利在り。
然れども一般に甲式に依るものは馬の口及鼻の全部を包むを以て次の缺點を免れず。
A 防毒面大型のものとなる。
B 銜を覆面内に包むを以て、韁(きずな)の操作自由ならしむるため特別の工夫を要し、從つて此の部の構造複雑となり或は此の部より瓦斯の漏入を來す

 

以上の欠点を改良したのが簡易タイプの「乙式馬匹防毒面」でした(この記事で取上げているものです)。

マスク本体に中和剤を沁み込ませ、汚染された外気を面体透過の際に浄化する仕組み。このように単純な構造だと重量や生産コストを軽減できますし、何より使用時のメンテナンスが楽です。
 
中和剤の用法については下記のとおり。

「一防毒面に付き上記溶液四五○乃至五○○瓦を使用せり。乙式に依る英軍馬匹防毒面はフランネルの二層より成り、吸収剤としては石炭酸、フオルマリン、アンモニア及グリセリンを使用せり。
其の姿勢及装着姿勢に於ける状態次圖の如し。


ガスマスク装着姿勢
 

既出の如く本邦甲式馬匹防毒面(※口全体を覆うタイプ)には幾多の缺點を認めしを以て、乙式馬匹防毒面(※鼻部を覆うタイプ)を研究試驗し制式とせり。
本邦防毒面は構造簡單小型軽量呼吸抵抗小にして窒息剤及糜爛剤瓦斯を除毒するを得、其の構造及吸収剤は獨逸(ニ)型に類似す。
假制式馬匹防毒面に關しては實物に就き説明す(陸軍獣医学校 昭和15年)

 

中和剤トシテ九一式馬用吸収剤ノ一定水溶液中ニ約十分間其覆面部ヲ浸漬シ、輕ク搾リタル後使用セバ、概ネ十數回ノ瓦斯戰鬪ニ耐ユルモ時ニ水ニ湿潤セシメテ使用スルヲ要ス(陸軍獣医学校 昭和15年)

 

馬用の防毒装備はこのように発展してきました。
次回は、日本軍の代表的な馬用ガスマスクである九一式馬匹防毒面について解説します。

(其の二へ続く)