【戦後(昭和20年~)】
敗戦により、酷い混乱と食糧難が続いた時代。
出征していた愛犬家が復員してくると、幾つかの愛犬団体が活動を再開します。
国家地方警察体制下において、各県警に生き残っていた警察犬も昭和21年から活動を開始。混乱期の犯罪捜査に貢献しました。警視庁の警察犬が復活するのは、それから10年後のこと。
日本軍は解体されたものの、米軍、台湾軍、フィリピン軍にとって日本は重要な軍用犬供給地となります。
新たな武装組織として発足した警察予備隊も警備犬配備を計画し、それは保安隊改編時に実現化しました。
陸軍盲導犬が次々と死んでいく中、戦後初の盲導犬チャンピィも誕生します。
長きに亘り愛犬家の念願だったフィラリアやジステンパー予防策の確立、狂犬病の撲滅にも成功。
復興が進むにつれて洋犬の輸入も再開し、戦後日本に花開いた新世代の畜犬文化は、高度経済成長期への突入と共に大きく発展していきます。
それと共に、戦前・戦中の日本畜犬史は忘れ去られました。
結果、「日本のペット文化は戦後に始まった」などと解説する、思考停止の犬の年表が定着するのです。
過去を忘れ、明るい未来へ突き進んだ戦後畜犬史について。


犬


1945年 (昭和20年)
8月15日、日本はポツダム宣言を受諾。敗戦により日本の軍用動物は現地へ放棄。
満洲第13990部隊軍犬育成所の軍犬は八路軍が接収。上海の日本軍用犬はイギリスが接収。その他、殺処分・行方不明となった軍用犬多数。
陸軍全体で3500頭の軍犬が大陸へ置き去りにされ、国内残留の軍犬達も殺処分、もしくは市場放出されます。
9月2日、ミズーリ艦上で連合国降伏文書への調印。日本の無条件降伏により、第2次世界大戦終結。 
東京第一陸軍病院での盲導犬訓練終了。盲導犬推進派だった小泉軍医中将、割腹自殺。
戦地から帰国した米海兵隊の軍用犬、大部分が一般家庭へ復帰。帝国軍用犬協会解散。KVの徽章をデザインしていた彫刻家日名子実三氏死去。
阿倍幸也氏が軍に供出した愛犬ボドーと再会、一緒に帰宅。

1946年 (昭和21年)
引揚者増加と海外からの食料供給途絶により、都市部では酷い食糧難に。犬の肉も流通していました。
狂犬病感染拡大阻止のため、進駐軍が県外への飼犬の移送を禁止。保健所による許可制へ。 
ソ連がドイツで捕らえたシェパードを囚人護送列車の警備に使用。
兵庫県警の警察犬が活動再開。同県警長田署の笠置号が窃盗犯3名を発見、逮捕。
シーイング・アイ指導者のユースティス夫人死去。 
礼文島のエキノコックスが狐の密猟で消滅。



1947年(昭和22年)
日本国憲法施行。内務省解体。警察法制定により、国家地方警察と自治体警察発足。 解散したKVに代わり日本警察犬協会設立。
JSV展覧会再開。
絶滅の危機に瀕していた土佐闘犬を復活させるため、青森と佐賀に残存していた個体の繁殖を再開。
日本優良犬協会、第1回畜犬展覧会開催。最後の越の犬となった「マリ」が富山県で誕生(昭和45年、23歳で老衰死)。
福岡県警博多港署のブラーニー号(元アメリカ軍用犬)が、取調べ中に逃走した容疑者を追跡制圧。

1948年(昭和23年)
種畜法施行を契機に日本シェパード犬登録協会(JSA)設立。JSVとのニ本柱で運営を開始します。
全日本警備犬協会設立申請。
日本犬保存会活動再開。
香川県警察犬協会発足、香川県警の警察犬が57頭に増加。香川県警の警察犬、強盗4件、家畜盗難6件、窃盗52件の捜査に出動。
東京第一警察犬訓練所と京都の警察犬訓練所設立(いずれも民間施設)。都市部では依然として食糧と燃料不足が続きます。
長崎県警のビロー号が強盗犯を追跡、遺留品を発見。
滋賀県警のチエ号が警邏中、窃盗犯を発見逮捕。同じく、滋賀警察犬訓練所で訓練中のチエ号が野菜泥棒を逮捕。
警視庁と関東地方各県警が神奈川の戸塚競馬場と東京の清澄公園で警察犬の性能試験開催。 
「日本犬は絶滅した」との報道に、日本犬保存会が猛反発。
盲導犬作出を志す塩屋賢一氏が相馬安雄氏と面談。
犯罪頻発により、鐘ヶ淵紡績株式会社が新町工場に警邏犬隊を配備。
シェパード、各種テリア、日本犬の販売が活発化。渋谷のハチ公像再建。ヘレン・ケラー再来日。 
シベリアに抑留されていた関東軍軍用犬育成所員が帰国(未帰還者4名)。

1949年 (昭和24年)
警察犬の配備が、全国17県警42頭(うち4頭は秋田犬)に拡大します。
須磨区の連続窃盗事件に兵庫県警嘱託警察犬アッドウイレ号が緊急出動、3名を逮捕。 
岡山県警本部での仮装犯人追跡訓練中、警察犬アゴー号が山中に潜む本物の窃盗犯2名を偶然発見、逮捕。
群馬県警磯部町警察署鑑識係とコリィ号が連続窃盗犯を逮捕。
香川県警の警察犬が連続窃盗グループを駅まで追跡、大量の荷を列車に運び込んだ数名を特定(未解決)。同県での強盗殺人事件でNRP鑑識課所属警察犬日向と英智が出動、現場から300m離れた竹藪で血染めの海軍ナイフ・軍手・財布を発見。同県高松刑務所にて発生した囚人脱走事件で、警察犬日向が脱ぎ捨ててあった囚人服を発見、犯人潜伏地点を特定。同じく強盗事件で英智が出動、犯人の脱ぎ捨てた下駄を発見。更に750m地点の小川で咆哮、川底に沈められていた被害者のトランクと衣類を発見。
同じく強盗事件で日向と英智が出動、現場から700m離れた松林中で犯人の使用した緊縛用の紐、覆面、履物を発見。
岡山県警のカーリン号が松茸泥棒3名を逮捕。同県で賭博客から金を強奪したグループを警察犬シロ号が追跡、逮捕。別の事件で、シロが逃走犯の遺留品を発見。それを突き付けられた共犯者が観念して犯行を自供。
長崎県警のアルマ号が馬泥棒を追跡、山中で馬の隠匿場所を発見。馬は近所の人が保護し、飼い主に返却。 
茨城県警のハッピ号が米泥棒を追跡、川に遺棄されたリヤカーを発見。そこから犯人宅まで臭気追跡して3名逮捕。 同じく茨城県警のピツオ号が穀物泥棒を逮捕。
逮捕寸前に逃走した手配犯を追う為、熊本県警北署の嘱託警察犬が出動。民家の床下に潜んでいた犯人を発見逮捕。
予算の関係で滋賀県警警察犬訓練所閉鎖。転属となった警察犬達が闇市取締に投入された為、闇商人達が警察犬の毒殺を計画中との噂 
愛媛県警今治市拘置所から脱走した男を警察犬が発見。同市にて、商品を持ち逃げした詐欺犯を警察犬が追跡、盗品を発見。
長野県警で、米泥棒を追跡中の刑事が愛犬の秋田犬を使用、麦畑に逃げ込んだ犯人を逮捕。
埼玉大宮地区警察河合署長、警察犬の訓練開始を決定。
日本犬展覧会再開。畜犬等取締条例発令。3月20日を動物愛護の日に決定。 
北海道シェパード犬登録協会(HSA)設立。
シェパード犬クノー号、映画「殿様ホテル」に出演。イバールトナンシヤ号、映画「青い山脈」に出演。 
ハバロフスク裁判で日本軍細菌戦部隊関係者の公判。731部隊員ほか、家畜伝染病研究を行っていた第100部隊員も対象に。
三河防犯犬協会発足。東京警察犬訓練学校開設。 
畜犬票交付手数料50円、狂犬病予防注射票交付手数料30円、検診証明書手数料50円也。 ペット店、畜犬団体、動物病院、動物愛護団体が活動再開。各種ドッグフード販売再開。
軍犬ボドー、戦争中の傷が元で阿倍氏宅にて死亡。
有坂光威著「捜査勤務に於ける警察犬の利用と其の訓練法」出版。板倉四郎・坂本勇著「犬」、関谷昌四郎著「硬い犬の作り方」出版。

1950年(昭和25年)
狂犬病予防法公布。
警察予備隊発足と同時に予備隊警察犬配備計画開始、畜犬団体や旧軍の軍用犬関係者に予備隊員が接触。
アメリカにて、飼犬の平均寿命が10歳を突破。
香川県警のH号が鶏泥棒の足跡を追うも、突然の豪雨により追跡断念。同県警チリー号が強盗犯を追跡、犬が示した地域を捜査した刑事が犯人4名を逮捕。同じくチリー号が強盗殺人犯を追跡するも、列車で逃げられ逮捕失敗。同県警ヒェルター号とフォン・ニチー号が、自転車4台と米2表を盗んだ犯人を追跡。山越えして逃げた犯人を捜査員が逮捕。同県警警察犬が、日本刀で2名を負傷させた強盗犯を追跡。行く手で捜査員が血塗れの男を発見、逮捕。
窃盗犯追跡中の山口県警警察犬が盗品の隠し場所を発見。刑事が張り込む中、隠し場所に戻ってきた犯人を逮捕。被害者に発見され逃走した窃盗犯2名、パトロール中の山口県警警察犬と遭遇して戦意喪失。そのままスピード逮捕。
偽警官による物品略取事件で愛媛県警のウドー号とテナー号が出動、盗品を発見。
徳島県警のベル号が牛泥棒を追跡、犯人丸山某は牛を囮に逃走するも、2週間後に逮捕。嬰児死体遺棄事件で徳島県警察協会のポリー号が出動。死体発見現場から犯人宅まで臭気を追跡、母親を逮捕。
愛媛県警警察犬カシマ号がスイカ泥棒を捜索。追跡先の寄宿舎でスイカを食べていた男を発見、逮捕。
岡山県警のビルネ号が自転車泥棒を追跡、尚も逃走を試みる犯人を襲撃制圧。逃走した強盗犯を岡山県
警のアゴー号が追跡、遺留品を発見。同じく、一家皆殺しを図った強盗犯をアゴーが追跡。物置に隠れていた犯人を発見、殺人未遂で緊急逮捕。岡山県警が窃盗犯を逮捕。容疑者は頑なに犯行を否認するも、目の前で遺留品の運動靴と自分の体臭が一致する事を警察犬エスラーに示され、観念して自供。
国家地方警察本部、各県警に於ける警察犬の運用状況について取り纏め。
甲斐犬をアメリカの動物園へ寄贈。
社団法人全日本警備犬協会正式発足、東京畜犬事業協同組合との連携開始。
全日本畜犬登録協会設立認可申請。
日本鋼管川崎製鉄所、中村福社長の発案で警邏犬の配備を開始。
米国ドッグワールド誌がフィリピンにケンネルクラブを設立せよと主張。
この頃からコリーの輸入と繁殖再開、横浜のメリー・オブ・ガーランド号が2月に出産予定。
疎開していたシェパードが都心部に戻ります。
パラマウント映画「僕の愛犬」日本公開。 
「犬の研究」戦後版創刊。コンラート・ローレンツ、「人、イヌにあう」を執筆。

1951年(昭和26年)
北海道犬保存会設立。家畜伝染病予防法改正。
戦盲軍人誘導犬千歳(チト)死亡。
日本鋼管川崎製鉄所警邏犬、侵入者検挙数179人。
フィリピン軍、日本で軍用犬購買。チワワの輸入開始。
元KV理事の古屋千秋著「警察犬」出版。「愛犬の友」創刊。高宮太平著「愛犬讀本 犬の飼ひ方」出版。 

1952年(昭和27年)
全日本警備犬協会がジャパンケンネルクラブへ改称。
警察予備隊が保安隊へ再編成、警察予備隊の警察犬配備計画が保安隊に引き継がれたかどうかは不明。
極東米軍、日本で軍用犬購買開始。 警視庁が嘱託警察犬制度を復活。
ドーベルマン、スピッツ、グレート・デーン、ボクサー、コッカー、ブルドッグ等の販売活発化。
越の犬が40頭以下に激減。 
日本鋼管川崎製鉄所警邏犬、侵入舎検挙数91人。 ソ連でウラジーミル・デミコフが犬の心臓移植手術実施。
中島基熊著「犬 飼育の知識」出版。

1953年(昭和28年)   
戸川幸夫が「高安犬物語」を発表、直木賞受賞。
極東米軍が軍用犬購買をJSAに依頼。保安庁第一幕僚監部が保安隊警備犬の配備を決定。JSAに対して保安犬取扱要員の教育を依頼。
警視庁嘱託警察犬のハンドラー応募。
日冷がドッグフードを発売。ローランド・V・テグラーフオルストが映画「魔の最終電車」に警察犬役で出演。
日本鋼管川崎製鉄所警邏犬、侵入者検挙数83人。
キヤノン本社に警邏犬フェニー号配備。

1954年(昭和29年)
保安隊が警備犬訓練所設立、保安犬の訓練開始。
JSVの蟻川定俊氏急逝。
アルドV.城北荘とベル号が富士山雪中遭難事件の捜索に出動。1遺体と遺留品を発見。日鉄八幡製鉄所で守衛が侵入者に刺され死亡。各工場に警邏犬の配備を決定。

1955年(昭和30年)
中華民国軍が日本で軍用犬購買。陸上自衛隊への警備犬献納をJSAが会員に呼びかけ。
在日アメリカ駐在武官ノーベル海軍大佐宅にて、シェパードのチャンピィ誕生。視覚障害者の河相洌氏に寄贈されます。
近畿管区警察学校で、巡査部長再教育クラスに警察犬課目を採用。
茨城県警察本部、嘱託警察犬15頭と嘱託指導士5名を決定。
日本ダックスフンド倶楽部設立。

1956年(昭和31年)
経済白書に「もはや戦後ではない」と記載。この年を最後に日本の狂犬病は根絶されました。
警視庁が直轄警察犬制度を復活、警察犬訓練所も設立。八丈島の事件にて警察犬の捜査投入開始。 
埼玉県警、警察嘱託犬競技会開催。
河相氏のチャンピィが相馬安雄氏に紹介された塩谷訓練士に託され、盲導犬としての訓練を開始します。 
樺太犬タロ・ジロ兄弟を含めた第1次南極観測隊出発。
抑留日本兵がシベリア犬クマと共にソ連から帰国。
西ドイツRDH主催の世界ジーガー展に、日本からカール・ミュラー氏愛犬ゲロー、吉野謙三氏愛犬コンドリーの2頭が海外初遠征。チャウチャウ純血種が犬種登録されます。
警視庁に警察犬スター号の像設置。
嬰児遺体発見事件で、茨城県警の嘱託警察犬アンナが出動。
日本警察犬協会、コリー、ボクサー、プードル、グレート・デーン、シュナウザーの警察犬種追加認定を否決。
ドッグワールド創刊。
 
1957年(昭和32年)
塩屋訓練士の育てたチャンピィ(当初は「チビ」と報道)が戦後初の盲導犬として河相洌氏の誘導任務を開始。日本盲導犬協会設立。
バイコフ氏、日本への移住を断念しオーストラリアへ。新宿中村屋社長相馬安雄氏死去。 
ライカ犬種のクドリャフカ、スプートニク2号に乗せられて衛星軌道へ。

帝國ノ犬達-頸輪

以上、犬の90年史でした。