生年月日 昭和5年8月14日生れ
犬種 シェパード
性別 牡
地域 東京市
飼主 志村籠氏

犬
昭和10年の広告より

 

東京王子志村籠氏犬舎フツサン・フオン・ヒユツセン號は、一月四日の薄暮、運動のため喜んで門外に出んとしたところを、平生餘り通らぬ圓タクが猛進して來てハネ飛ばし、その儘腦震盪を起して不歸の客となつた。

同犬は東都の種牡犬として、次第にその眞價を認められつゝあつたのに、誠に惜しい限りである(昭和11年)

生年月日 昭和3年3月16日生れ
犬種 シェパード
性別 牡
地域 上海→兵庫縣
飼主 師岡義内氏

上海デニーチェン・ケンネルから日本の一楽荘犬舎へ迎え入れられたシェパード。
ドイツから名犬を輸入蕃殖していたデニーケンネルは、日本シェパード愛好家の垂涎の的でした。そのうちの何頭かは中国から日本へ渡っていたんですね。
2年後の第二次上海事変で、デニー氏は抗日運動へ身を投じます。彼の犬舎の犬達も、飼育放棄されたまま戦乱の上海に消えました。

 

 

舊臘(昭和9年)二十三日、又獨逸1932年度ジーゲル、フツサン・フオン・ハウスシユツチングを上海デニーケンネルから迎えたが、その爲め師岡義内氏は介添に日南(※ペット商の日南商會)川島氏を同伴して上海に向かひ、種々折衝の結果、如何なることがあつてもこればかりは手離さないと云つてゐたフツサン譲受けに成功し、フツサンのほかにハラスの仔で1931年若牡一席のエベリン・フオン・テフヘルステツクをも伴つて帰つた。
なほ同犬舎ではオデインとマツシヤの仔牡五牝一が正月二日に生れた。
一樂荘犬舎(昭和10年)

 

皇統ゆるぎなき彌榮の春を迎へ、人心こゝに更なり。やがて飛躍の第一歩を印せんとする時、顧みて越し年を思ひ廻らせばたゞ感慨無量。

涙新らた轉々痛恨、愛惜の念に耐えません。

茲にクルト・フオン・ヘルゾツグヘダン號及フツサン・フオン・ハウスシユツチング號の急逝を發表すると共に、犬界同好の士に此の哀しみを分つて、逝きし兩犬の靈を弔ひ度いと存じます。

烏兎怱々として將に昭和十年も暮れんとする十二月二十九日午後七時二十分、嘗ては一九三二年獨逸及和蘭ジーガ―として犬界の王座を覇握し、ウツヅ系代表犬として一世を風靡したる世界的名犬フツサン・フオン・ハウスシユツチングは、たまさかの病を得て忽然として其の天壽を完う致しました。

 

「名犬の悲報相次ぐ(昭和10年)」より

生年月日 大正15年9月30日生れ
犬種 シェパード
性別 牡
地域 兵庫縣西宮市
飼主 一樂荘犬舎

 

アスターの記事などで登場するクルト。何と大正生まれのKV登録犬でした。

https://ameblo.jp/wa500/entry-12409667351.html

 

 

十二月三十日午前十時四十分、一九三三年白耳義ジーガーにして、同年度獨逸ジーガー、オデイン號の父犬クロード系名犬クルト・フオン・ヘルゾツグヘダン號は、神ならぬ身の不遇の病を得、藥石も効なく遂に十歳の天齢を終り、冥界に入つたので御座います。

茲に兩犬の死を發表すると共に、英靈の安らかに冥せん事を。

 

「名犬の悲報相次ぐ(昭和10年)」より

 

NSC会報の表紙イラストは会員が描いてきたのですが、第36号からカラー化。イラストもプロの挿絵画家へ変更されました。

※NSCメンバーの三上知治画伯ではなく、新入会員の根本雅夫が最終号まで担当しています。

 

これだったのが

 

こうなりました。

 

根本雅夫畫伯が會員となられました。本號の表紙繪といろ〃面白いカツトを畫いて下さいました。

根本畫伯は三上畫伯の友人で、シエパード・フアンとしては古い方です。何卒よろしく御厚誼のほどお願いいたします。

日本シエパード倶楽部 伊藤藤一

戦前の有名な愛犬雜誌といえば、関西の『狩獵と畜犬』『月刊ドッグ』が先行。少し遅れて関東の白木正光が『犬の研究』を発刊しました。

『狩獵と畜犬』はポインターのみならずシェパード界の近況も報じており、当時の関西犬界動向を知る上でも貴重だったりします。

それぞれの発行者である永井寅太郎と竹本恭太郎は、日本シエパード倶楽部関西支部設立においても尽力していたようですね。

今回は日本シエパード倶楽部と関西ペット雜誌のつながりについて。

 

 

『ドツグ』と『狩獵と畜犬』とは畜犬雜誌の双璧である。兩誌共近來益々シエパードの記事が多い。

時には見出しにまで「シエパード・オン・パレード」などゝ書いてあるのがある。

そこで「シエパード種に厚くして他の犬種を疎外する嫌がある」と讀者の一部から苦情が出るに到り、之れに對し『ドツグ』は巻頭に於て「時流の反映」であるから或點迄諒とせられ度き旨を述べて居る。

『狩獵と畜犬』も、大擔に「シエパード編」を設け、シエパードの記事を滿載して居る。之れでは商賣の鐡砲を撃ちそこなはないかと吾々が心配する程シエパード・オン・パレードである。

ドツグの永井氏、狩獵と畜犬の竹本氏共に私はよく知つて居る。又シエパードの讃美者である事も承知して居る。

私は一部讀者の苦情をも顧みず「時流の反映」とし、又「シエパード編」を設けて行かれる意氣が氣に入つたのである。そこで兩氏にお願し度きは、この意氣込を永く續けて戴き度い事である。

此兩誌はNSCの會報と共にシエパード愛犬家を埤益する事は實に多大であると確信する。

私は熟々思ふ。この時流の反映が如何に轉向するやを。

幸に兩氏の如きは犬界に於ける眼界廣く、所謂時流を察する事頗る敏なるを以て、吾人をよく指導せられる事を切望する次第である。

殊に先般NSCに入會せられたる事は一層好都合であつて、NSCの威力を大いに増したものと謂ふ可きであらう。

尚、兩誌共私の照會先や又は私のとこへ寄贈せられるゝ部數は可なり多數に上つて居るのであるが、之が私の犬に關する運動を援けて居る事は實に大である事を茲に記し、兩氏に感謝の意を表す。

 

日本シエパード倶樂部「ドツグと狩獵と畜犬誌」より

 

生年月日 昭和15年4月3日生れ

犬種 シェパード

性別 牡

地域 満洲国新京市

飼主 野田市太郎氏

 

満州軍用犬協会登録の種牡犬。飼い主はドン・オブ・コウアンソウと同じ野田さんです。

 

 

 

 

いずれも昭和18年の広告より

五族協和をスローガンに掲げる満州国では、犬界も日系・満系の愛犬家で混成されていました。日系メンバーが幅を利かしていたのは事実ですが、満州軍用犬協会員名簿を見ると結構な数の満系メンバーも加入しています(自発的だったのか、お付き合いでの入会だったのかは不明)。

関東軍や満州軍用犬協会としても日系のみでは軍犬報国運動が成立せず、治安部大臣の于琛澂を満犬幹部として招聘したり、中国語によるシェパード普及活動なども併行しています。

そのような寄稿の呼びかけがこちら。MK会報へ記事が掲載されたら稿料も出ていたんですね。

ついでに満州軍用犬協会報編集部の住所も判明しました。

 

生年月日 不明
犬種 シェパード
性別 牡
地域 滿洲國
飼主 不明

 

ガイア・フォン・イチラクソウと共に満州へ渡った一楽荘犬舎のワンコ。ガイアと比べて満州軍用犬協会の登録番号がやたらと若いのですが(2桁台とか初めて見た)、その差異については不明です。

 

 

 


昭和18年

生年月日 昭和10年1月21日生まれ
犬種 シェパード
性別 牡
地域 東京府→滿洲國
飼主 中込政重氏→不明

 

帝国軍用犬協会へ登録後、日本シェパード犬協会と満州軍用犬協会にも三重登録されていました。

満州国へ渡った時期は不明です。

犬
昭和12年

 


昭和18年